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2022年3月26日 (土)

先生と講師

      

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(先生と弟子たちin Tokyo, 2019)

     

昨日の続きになりますけど、

私にとってのOkamoto先生は、

まさしく、

先生

でした。

       

すなわち、

科学者としての心構え、

人としての生き方、

そんな、人生の根幹に関わることを教えてくれました。

     

もちろん、それは

こうするんだよ、

とか、

ああしないといけないよ、

というような口頭での教えではありません。

     

背中です。

Okamoto先生の生き様を目の当たりにし、

先生とお手本として、私は学びました。

     

口頭では、  

科学者やったらな、

地球がな、

こうグラグラっと大きく揺れるような大発明をせなあかんで

的なことを身振り手振り、

いつも言われてましたね。

       

振り返ると、

私は、小中高と恩師と呼べる先生に出会いませんでした。

私に影響を与えた先生はゼロです。

そもそも小学校なんて、ひとクラス50人でしたからね。

大学でも4年生で研究室に配属されるまでは、

大教室で講義を聞くだけで、

誰も何の影響も与えませんでした。

父親の背中だけを見て育ちました。

       

で、

思うんです。

       

かつては、昭和の時代でしょうか、

家庭で親が子供たちに背中を見せ、

時には口頭で、

人としての教育、しつけをしました。

ところが、

今どきの親は子供に対するそういった教育意識が極めて低く、

すべて学校任せです。

    

一方、

学校は学校で、受験勉強のための勉強、問題の解き方を教えるだけで、

先生というよりは塾の講師的ですね。

塾の講師はまさしく受験テクニックを教えるだけで、

人生なんて教えませんし、生徒もそんなんこと期待してません。

そんな講師的先生がほとんどの小中高で子供たちは勉強しているということを親は知るべきです。

   

なので、  

今どきの若者は、

という前に、

大人たちがこのような教育制度を提供してきたのであって、

文部科学省も、教育委員会も、

まず現場を知り、

家庭を理解し、

いま、

教育現場で何をしなければならないかをよく考えて実行に移さないと、

あと20年で、

この国の教育レベル、研究レベル、国民のレベル、

間違いなくアジアで一番低くなるでしょう。

    

特に国会議員の人たちにはよく考えてほしいと思っています。

   

   

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