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2021年1月24日 (日)

恩師の思い出

   

20210121-220652

   

月刊化学の連載は6回ありました。

きょうはその回目。

   

弟子として、恩師に褒められること、

子供として、親に褒められること、

これがモチベーションになることもあります。

そんな話です。  

        

・・・・・
  

土田先生英俊先生の思い出

  

淳二と言う名前は亡き父、城戸剛一郎が学生時代にお世話になった恩師の古川淳二先生からいただいた。そんな自分も、今や卒業生の結婚披露宴で「恩師からの祝辞」を頼まれる立場になり、練りに練った3分間スピーチで3回の笑いを取っている。しかし、息子や娘に「淳二」とか「淳二子」とか、恩師にちなんで名づけた卒業生が一人もいないのはどういうことなのか。

そんな名前から授かったのも天命と高分子化学の道を選び、早稲田大学4年の研究室配属で機能性高分子の大家である土田英俊教授の研究室のドアをノックしたのは前回書いたとおり。

そこで、研究室での思い出をいくつか。

実験室の向かいが先生のオフィスで、たびたび「郵便局までこれをだしに行ってきてくれないか」とお使いを頼まれたこと。いまは、嫁さんにメモを持たされてスーパーに買い物に行く。

外国人の講演会でスライド係を仰せつかり、コントローラーを握ったまま瞑想してしまったこと。いまでも興味のない講演会ではすぐに瞑想モードに入ってしまうこの体質、治らないんだなあ。

学部卒業後の3月、日本化学会の春季大会で口頭発表したときに、頭の中が真っ白になったこと。緊張症のため人前で話ができなかった当時のボク。思い出すたびに顔が赤くなる。

卒業して4月、土田先生と1週間のアメリカ二人旅。セントルイスで開かれたアメリカ化学会で、先生の英語での招待講演を拝聴し、先生が外国人と英語で食事をされるのを胃が痛くならないのかなあと隣で感心し、空港カウンターでフライト変更の手続きを英語でされる姿を見て、ああ、ボクもいつかああなりたい、と心から思った。

時が過ぎ、土田先生の退職記念講演会でのこと。

卒業生が数名講演。長田義仁教授など、もちろんそうそうたるメンバー。土田先生の気まぐれか、冗談か、勘違いか、その一人として話すようご指名をいただいたときは、身に余る光栄で涙がでるくらい嬉しかった。

また、いつだったか先生がしみじみとおっしゃった。

「いやあ、城戸君、こないだ企業の人と話しをしててね、あの山形大学の城戸先生は土田研出身なんですね、なんて驚くんだよ。ボクは嬉しくなって家に帰る途中で居酒屋に寄ってビールで一人乾杯しちゃったよ」。

それを聞いて、なんだか父親に褒められたような気がしてビールで一杯も二杯もやりたくなった。人が頑張れるのは親に褒められたいから、恩師によくやったと言われたいから・・ ・ 。

3年前にいただいた先生からの暖かいメールも忘れられない。

 

城戸淳二先生

本日 Prof. Yoshi OKAMOTOより久し振りにmail受領しました。貴君が本年度 Polytech U. NY. Polymer Res. Inst. / Harman F. Mark Medal 受賞者に決定した通知がありました。誠に「お目出度う御座います」。早速土田からも岡本先生にお礼状を御届け致しました。城戸淳二君の御発展と御活躍を祈ります。奥様にも何卒よろしく御伝え下さい。

「希土類の城戸君万歳」 化学は万能です、心から御発展を祈ります。

土田拝

 

そんな敬愛する土田先生が他界されたのが昨年の4月。体調を崩されていたのは知っていたけど、涙がでた。

多くのチャンスをいただき、数々の貴重な経験を積ませていただいた土田先生。いくら感謝してもしきれない。

  

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この記事を再読して、

また涙が出そうになりました。

たった1年間の研究室での経験が人生を変えることがあるんです。

だから教育っておもしろいと思います。

  

   

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