ケミストリーとは
さて、
最終回の6回目です。
月刊化学ということで、
お題もストレートに、、
・・・・・
〜わがケミストリー〜
博士課程の指導教授である恩師ヨシユキ・オカモト教授は、パデュー大学のH.C.ブラウン教授のもとで博士を取得されたノーベル化学賞受賞者の弟子である。だから、「僕はノーベル賞受賞者の孫弟子であり、君たちはひ孫弟子なのだよ」、とその人間関係を披露して飲み会で学生を喜ばせている。
とは言うものの、筆者が高校生のとき。ある日、化学の授業でボイル・シャルルの法則を先生が説明していた。あまり興味をそそらないので、一番前の席でおとなしく次の英語の予習をしてたら、眼鏡をかけたちょっと小太りの温厚な先生はノートを取り上げ、頭をバシッと勢いよく叩いた。今だったら教育委員会的には大問題だね、この先生の行動は。
何を隠そう、化学というのは暗記科目で周期律表を覚えたり、単純なモルの計算をしたり、とにかく創造するという筆者得意の分野ではなさそうだと言う事で、あまり興味をそそらないどころか全然興味がなかった。もちろん自分自身理系だと言う認識はあって、将来は技術者になるのだと思っていたけど、眼に見えるものをつくるのが好きで、機械設計や建築、工業デザイナーを目指していた。だから、白衣を着てフラスコ振るオタクっぽい化学は、まったく興味の対象外で、まさか化学系の大学教授になるなんて、まちがっても、夢にも思わなかった。しかし、早稲田大学4年のときに土田英俊研究室で、当時は助教授の西出宏之先生に手取り足取りご指導いただいたおかげで、化学というものの本質がちょっぴり理解できて、同時にその面白さに気づいてしまった。
あれから30年近くの時が経った。大学で化学を教える。とても面白いのだよ、と学生に語りかける。分子というのはミニ人間みたいなもので、所望の性質を付与するために腕を生やしたり、足を長くしたり、自由に設計して合成できる。人がキャッチボールするように、分子どおしでも電子のキャッチボールができる。ピョンピョンと電子が分子間を飛んで行くのが有機半導体のホッピング伝導。分子の形によっては集まって凝集体となり、単独での行動とまるっきり違ったりして、まるで人間のような有機分子の振る舞い。人間関係と同じく、分子どおしの関係もその性能を発揮するにはとても重要である。
10年前のこと。2001年のアメリカ化学会で開催されたノーベルシンポジウム。前年度のノーベル化学賞受賞者である白川英樹先生、アラン・マクダイアミッド先生、アラン・ヒーガー先生のご講演の後、有機EL分野そして日本を代表して筆者が招待講演を行った。昼食時、先生方には日頃から親しくしていただいてたけど、ずうずうしくも肩を並べて写真を撮らせていただき、しかもマクダイアミッド先生にはノーベル賞メダルを手に取らせていただいた。そのズシッとした重みに感動しつつ先生の人としての心の暖かさに触れた気がした。
Chemistry。その意味には「化学」以外に「人間関係」と言う意味がある。学部の学生から、ノーベル賞受賞者まで、多くの人達との関わりが化学者としての今の自分を作った。たった一人では登れない高い山。今、どこまでたどり着いたのだろうか。これからもChemistryは大事にしていきたい。
・・・・・
いやあ、
最終回とあって、
最後にオチをつけるあたり、
さすが直木賞作家です(ウソです)。
けど、
改めて思いますね、
多くの人たちに支えられて、
ここまでやってこれたということ。
ノーベル賞級の先生方から、
学生たち、
今では、
優秀なスタッフにも支えられ、
好きな研究ができます。
特に、
博士課程でご指導いただいたオカモト教授には
感謝
の一言では済まされない、
なんというか、
魂を救済された感すらありますね。
先生に出会わなければ、
今の私はありません。
大阪人の私は、
実は、あまり気が進まないまま、
早稲田大学に進学しましたが、
そこで土田英俊先生と出会い、
ニューヨークに留学できて、
オカモト先生と出会い、
特にブルックリンでの5年間は私にとっては、
今の自分に生まれ変わる突然変異の期間でした。
先生は95歳になられても、
いまだに現役の研究者で、
フッ素系高分子の合成とガス分離技術の研究を行っておられます。
その科学者としての姿勢には、
頭がさがる思いです。
私などまだまだヒヨッコですね。
この写真は2年前でしょうか。
先生のオフィスで、
私と家内の博士論文を手にする娘です。
ノーベル賞受賞者の孫弟子を親に持つ科学者の卵は、
いったいこれからどう成長するのでしょうか。
私にできることと言えば、
いい恩師や仲間に恵まれることを祈るだけです。
こちらのご支援のクリックもお願いします。
↓