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2017年2月13日 (月)

ヒロシさんからの手紙

 
 
 
2月11日は私の58回目の誕生日でした。
 
フェイスブックでもずいぶん多くの友達からお祝いのメッセージをいただきました。
御礼申し上げます。
有難うございます。
個別に返事を差し上げなくて申し訳ありません。
 
 
と、思っていると、
今日になってヒロシさんから長文のお祝いメッセージをいただきました。
 
最初見たとき、あまりにも長いので読む気が失せました。
途中、やめようかと思いました。
けど、最後まで拝読致しました。
 
ヒロシさん、
暖かいメッセージを有難うございます。
 
有難いのですが、ところどころ、間ちがい、感違いが見受けられましたので、FBFの皆様が誤解されぬよう、ここに訂正させていただきます。
 
 
 
まず、
ヒロシさんのメッセージから:
 
 
 

冠省 城戸淳二様

  
大変遅れて申し訳ございません。
土曜日の日付と同時にお誕生日お祝いメッセージを送る予定で、金曜日は早めに就寝したのですが、目が覚めたら、なんと月曜日の今朝になっておりました。
ネズミが人間を楽しませる、もてなしてくれるという、あり得ない世界の夢をずーっと見てました。

 

改めてお誕生日おめでとうございます。
トーマス・エジソンの誕生日ということで知られた日ですが、数年後には2月11日は城戸淳二の誕生日がWikipediaで一番最初に説明されることになると確信しております。

 

さて、トーマス・エジソンは新聞の販売員としてコツコツとお金を貯めて実験室を作ったと言われてますが、先生も新聞配達をして、コツコツと遊ぶお金を貯めたということ。

似てますね。

 

そして、先生はエジソンと同様にたくさんの発明をしましたが、ゼネラル・エレクトリックを設立したように、たくさんのベンチャーも設立しております。

 

そしてそして。

エジソンは、超自然的、オカルト的なものにも魅了されて研究をされていたということ。

 
先生も常にそーいった世界とは常に交信されていて、雪女とは吹雪の栗子トンネルで「おいでおいで」されて実際にお会いしているし、我が家でもめったに姿を表さない座敷童と遊ばれたりと、科学的、合理的な思考でありながら、フツーの大学教授は非科学的と排除する、あっちの世界にも行き来する、世界をまたにかける、グローバルという枠からも外れて生きていらっしゃる、ドラえもんのようのな方なんだなぁと、改めて認識したところです。

 

そー思うと今まで福山雅治と似ていると思っていたのですが、気のせいか、体型もドラえもんに似てるような気がしてきました。

まさしく先生は、現代に蘇ったエジソンであり、ドラえもんそのものです。

近いうちに(春香ちゃんの受験が終わったら)、「ちょっと遅れたけどごめんねー!お祝い会」を盛大に段取りたいと思いますので、よろしくです。

             早々 あなたのひろしより

 

 

 

まず、最初に、

最後に「あなたのひろしより」とありますが、あなたは「私のひろし」ではありません。

気持ち悪いことを言わないでくださいね。

 

トーマス・エジソンのことよくご存知のようですが、私は幼少の頃、エジソンのことは知りませんでした。  

祖父が2月11日を「紀元節」と呼んでいたのを覚えています。

日本書紀が伝えるところの神武天皇の即位日ですね。のちに、建国記念日となりました。

 

日の丸が掲げられ、私の誕生日を国民の皆さんが祝ってくださっているようで、とても誇らしかったです。

いまでも、「みんな、祝ってくれて、ありがとう」と国民に声をかけたくなります。

 

 

 

実は、

この誕生日のせいで、私はこの国のために何かをなすべきであると使命感のようなものを持っています。

 

しかし、

しがない地方大学の教授で、いったいぜんたい何ができるのか、いまだに模索しております。

ヒロシさん、せめて米沢市のために何ができるか、アドバイスをいただけませんでしょうか。

やっぱり、将来、市長になるであろうあなた様を陰でサポートさせていただくことでしょうか。

 

 

ところで、

エジソンが新聞売りをしていたこと、よくご存知ですね。

そして、私が中学校のときに新聞配達をしていたことも。

個人情報がいつの間にか流出しているようです。

 

実は、

中学1年か2年の時、友達のカワハラくんが新聞配達をやっていると聞いて、なんだか面白そうで、親に許しをもらって始めました。 

 

当時、朝刊だけで月に9000円ほどもらっていたのを覚えています。

「旬菜」のかわいいバイトのマサコちゃんが、たった半日で2万円もらっているのを考えると、ずいぶんブラックなバイトかと思われますが、今から40年以上前のことですからね。

中学生にとってはウハウハでした。

 

その9000円を私は釣竿を買ったり、釣りに行ったりしてまったく貯金などしませんでした。 

おかげさまで釣竿はどんどん増えていきました。

当時、ムライくんに誘われて、川や海に毎週出かけて行ったので、9000円は湯水にように消えて行きました。

 

新聞配達で辛かったのは、もちろん朝5時に起きることですが、それよりもお通夜の家があると、オシッコをちびるくらい怖かったのを覚えています。

あのころから、あっち系には敏感だったのでしょうか。それとも、単なるビビリだったのでしょうか。 

その辺のところはよくわかりません。

 

バイトを始めて半年くらい経つと、今度はニシカワくんが牛乳配達の方がバイト代がいいよというので、半年くらいで新聞配達から牛乳配達に転職しました。

 

牛乳はとっても重くて配達が大変な分、月に1万5000円ほどもらってたのを覚えています。 

しかも、牛乳屋のおっさんが、これまた大の釣り好きで、ヘラブナ釣りを教えてくれたり、海釣りに連れて行ってくれました。

とても楽しい時を過ごしていたのを覚えています。

 

ただ、

残念なことに、そんなバラ色の青春時代は長く続きませんでした。

なぜなら、牛乳配達に転向する時に、父から言われました。

 

お前は牛乳屋になるのか、と。

 

そんなことはありません、ちゃんと高校へ、大学へ行きたいです。

と言うと、

 

じゃあ、

成績が下がったらやめる、

と約束させられました。

 

牛乳配達も朝5時起きですから、夜も9時を過ぎると眠たくなりました。

だから、

勉強しませんでした。 

もともと嫌いでしたから、よる12時まで起きていても勉強はしなかったと思います。

 

だから、成績は父親の予想通りに下がり、

牛乳配達も半年で辞めることになりました。

 

楽しかったなあ、牛乳配達のバイト。

 

そんな訳で、私はエジソンとは違い、稼いだお金をすべて自分の遊興費にあてていました。

少しばかりが違うようです。

 

 

 

超自然的なものに対する興味ですが、

エジソンだけではなく、ノーベル賞受賞者の多くは、晩年、精神世界のことに興味を持ち、まじめに研究します。

なぜなら、この世には、というかあの世には、理解できないことがたくさんあるからです。

 

中学のころ、新聞配達でまだ夜が開けない薄暗い時に、神社の横を通る時とか、お通夜のお家の前を通る時に、いつもオシッコをちびりそうになっていたことを先ほど申し上げましたが、きっと私の肩にオバケのQ太郎が乗っかっていたのを感じ取っていたのかもしれません。

 

ヒロシさんも気をつけてくださいね。

実は、「旬菜」のカウンターであなたを見かける時、気がついてないかもしれませんが、ときどき色白の美人が隣に腰掛けてるのが見えます。

チラチラとあなたの方を恨めしそうに見ています。

 

たぶん、私と宮司のヤスシさんにだけに見えてると思いますね。

 

 

それと、ドラえもんのことですが、

私は本物の人間ドラえもんを知ってます。

あなたもよく行かれる「旬菜◯◯◯◯」のカウンターにちょこんと座ってることがあります。

もちろん、体型はそっくりでぽっちゃりしてます。

手がまん丸でカワユイという人がいます。

しかも、その手で多くの 人を救うそうです。

なんと、ケガ人を癒すそうなんです。

 

「そうです」というのは、私が右腕の上腕骨を骨折した時、

癒すどころか、グリグリと虐められました。

いま問題になってるイジメですね。

 

だから、ヒロシさんも気をつけてください。

もし、人間ドラえもんに嫌われていたら、いざという時に痛い目に遭わされますからね。

 

 

 

最後に、

福山雅治に似ているとのことですが、

何を隠しましょうか、

高校のころは、今でいうジャニーズ系でした。

信じられないかもしれませんが、

長髪で、イケメンというか、かわいい感じで、

イケカワ系ですね。

 

今でいう、櫻井翔というところでしょうか。

 

通学電車の中で、女子高生からずいぶん手紙をもらったものです。

チョコレートのコマーシャルに出てる人みたい。

とも、よく言われました。

 

だから、

もし明治さん、森永さんからコマーシャル出演の話があれば、よろこんで出演させていただきます。

 

当時は、携帯もスマホもなくて、

夜になると、十円玉、百円玉を握りしめて、母親には本屋に行くと言いつつも、

金岡公園の電話ボックスに直行して、お付き合いして頂いてる女性の家に電話したものです。

 

いやあ、

楽しかったなあ、

高校時代。

 

 

そんなわけで、

ろくに勉強をしなかった、中学、高校時代ですから、ろくな大学にも行けず、いまやロクでもない地方大学の教員です。

 

もし、清水富美加さん似のうちの娘が大学に受かったら、父親に似ないでよかったねえと、お祝いの会を開いていただければ幸甚に存じます。

 

それと、これからもご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

 

 

あなたの櫻井翔より 

 

 

 

 

 

最後まで駄文を読んでいただき有難うございました。

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