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2017年1月

2017年1月31日 (火)

三菱化学の有機EL

 
     
 
本日、こっそりと三菱化学からこんな発表がありました。 
 
 
 

有機EL照明事業における業務提携解消のお知らせ

 

三菱化学株式会社  パイオニア株式会社

 

三菱化学株式会社(本社:東京都千代田区、社長:石塚 博昭、以下「三菱化学」)とパ イオニア株式会社(本社:東京都文京区、社長:小谷 進、以下「パイオニア」)は、有機 EL照明事業における業務提携を解消したことをお知らせいたします。

 

三菱化学とパイオニアは、有機EL照明パネルの共同開発において、塗布型パネルの量産出 荷という一定の成果に達したことを踏まえ、業務提携を発展的に解消することとしました。 今後両社は、有機EL事業においてそれぞれの強みを活かせる分野に注力し、ビジネスを拡大 してまいります。

 

ということで、MPOLは解消です。

 

ということは、三菱化学は有機ELパネル事業から撤退ということです。

三菱化学が今後有機EL照明で自社工場を建てることはありません。

これははっきり言えますね。

(うすうす感じてましたけど)

 

だから、コニカミノルタとパイオニアの協業が成り立ったわけです。

これですべての疑問が解消しました。

ある意味、パイオニアにとっては、

 

 

 

捨てる神あれば拾う神あり

 

 

 

とてもよかったと思います。

 

 

 

 

 
 
さあ、この国を有機ELで元気にしましょう。

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コニカミノルタパイオニアOLED

 
 
 

 
 
 
今朝の日経の朝刊にでてました。
 
 
コニカミノルタとパイオニアが有機EL照明事業を統合
 
 
と。
 
 
照明だけに、 
久々の明るいニュースですね。
 
 
 
記事によると、
 
 
・50%ずつ出し合って合弁会社を設立する。
・両者の有機EL照明の開発、営業部門を切り出して新会社を設立する。
・自動車向けのビジネスの営業網を組み合わせる。
・生産拠点は引き続き親会社が保有すると見られる。
 
 
とのことです。
よくわかるような、わからないような。
 
 
単に合弁で販売会社を立ち上げるということなのでしょうか?
だとすると、ビッグニュースならぬスモールニュースです。
そんなことはないと思います。
 
そこで、
正式な発表はそれぞれの会社からあるでしょうけど、この道28年の私なりに想像してみました。
 
 
 
ご存知のように 、パイオニアは三菱化学とMCパイオニアOLEDライティング(MPOL)を2013年に設立して、有機EL照明の開発と製造販売を行っています。
 
製造拠点はパイオニアの子会社である東北パイオニアの米沢工場で、工場の一部を借りて調色可能な有機ELや一部塗布で成膜した有機ELなどを製造しています。
 
ということで、パイオニアがコニカミノルタと有機EL照明の会社を立ち上げるとなると、MPOLとは競合関係になります。
 
 
そのままだとややこしいです。
どうするんでしょうか。
 
 
将来的にMCパイオニアコニカミノルタOLEDライティングになるのかもしれませんね。 
 
 
 
東北パイオニアとの関係はどうなるのでしょうか。
 
東北パイオニア米沢工場は有機EL事業部で、パッシブ型ディスプレイの製造を行っています。車載用にも採用され、Lexasなどにも使われており、パネルの信頼性も高く、長い歴史があります。また、最近パッシブの市場が広がり、黒字化しています。
 
しかし、
今話題のスマホや大型テレビはすべてアクティブ型で、パッシブではありません。
大きな飛躍は見込めないのです。
 
そういう意味では、コニカミノルタと組んでさらなる市場および技術を取り込めれば願ったり叶ったりです。
 
 
一方、 
コニカミノルタは山梨に有機EL工場を立ち上げて、フレキシブル有機ELパネルの製造販売を行っています。特徴はフレキシブルであり、軽くて曲げられるのが売りです。
しかし、少量で、これまで遊園地などを中心にモジュール販売を行っていますが、売り上げは大きくありません。
 
 
そこで東北パイオニアとコニカミノルタが組んで、フレキシブルのパッシブ型ディスプレイや、フレキシブルの照明パネルを車載用に売り込めば、一気に市場を拡大できるという目論見です。
 
車載用は家電よりはるかに信頼性が高くなければならず、そういう意味では東北パイオニアの技術およびブランドは高く評価されています。
そういう意味では今回の合弁会社は、
 
 
 
正解
 
 
 
ですね。
きっと、将来的にはそれぞれの工場も親会社から切り離して、名実ともに、  
 
 
 
パイオニアコニカミノルタOLEDライティング
 
 
 
になるのかもしれません。
 
 
 
ただ、
車載用だけでは市場はそれほど大きくありません。
 
実は、
主照明に使うには、パイオニア、コニカミノルタの有機ELパネルは輝度が低いのです。
 
そこで、
ルミオテックのマルチフォトン技術を使えば、車載用ばかりでなく主照明の市場でも市場が拡大するので、盤石でしょう。
 
 
LGに勝てますね。
 
 
 
ということで、
将来的にですが、この際、まとめて、
 
 
パイオニアコニカミノルタルミオテックOLEDライティング  
 
 
にする方がいいかもしれません。
 
この場合、
ルミオテックは三菱重工、ローム、凸版印刷、三井物産、城戸淳二の合弁なので、
正式名称は、
 
 
パイオニアコニカミノルタ三菱重工ロームトッパン三井物産城戸OLEDライティング
 
 
です。
 
ついでに、
三菱化学も加えると、
 
 
三菱化学パイオニアコニカミノルタ三菱重工ロームトッパン三井物産城戸OLEDライティング  
 
 
と、いうふうに寿限無寿限無状態になるので、単純に名前を繋げるのはやめましょうね。
 
 
ここに、産業革新機構から300億ほど投入され、パネルの大量生産が始まると、一気に市場が立ち上がり、オールジャパンの照明メーカーが世界を席巻することができます。
 
 
今回の合弁設立はその序章ということでしょうか。
 
おもしろくなってきましたね。
 
 
 
 
 
 
 
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2017年1月30日 (月)

満点

 
 
 

 
 
 
昨日、テレビを見てたら、
星野リゾートの星野社長が出ていて、年に何十日もスキーをしておられるという。
スキーの合間に仕事をしておられるというか、スキーのために仕事をしておられるというか。
 
こういう人、好き。
 
 
実は、この私もゴルフの合間に仕事をしてます。
というか、ゴルフをするために仕事をしてます。
 
そんな、ゴルフ好きですが、 
この1ヶ月、
 
 
 
ゴルフに行ってません。
 
 
 
なぜなら、
娘が受験勉強中なので、
娘の手となり、足となり、
平日、週末、高校へ、図書館へと電話で呼び出されては、お抱え運転手のように参上します。
 
 
ということで、
メモを持たされての買い物もほぼ毎日。
スーパーのポイントも貯まります。
 
 
この一ヶ月は、
いい父親であり、
いい夫でもあります。
こういうの、    
 
 
 
満点パパ
 
 
 
って言うんでしょうか。
春になったら元に戻るからね。
 
 
 
 
 
さあ、この国を山形から元気にしましょう。

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2017年1月29日 (日)

ぎょうざ

    
 
 
 
 
 
大阪にいた頃、大阪王将の餃子をよく食べました。
あの頃は、大阪王将といえば餃子専門店で、焼き餃子とビールしかメニューにありませんでした。
 
 
中学の頃、
あの頃は、住んでた近鉄の長瀬にお店があって、
育ち盛りの私はチャリンコで友達とよく食べに行きました。
 
今でもそうですけど、
大阪王将の餃子は、具がセントラルキッチンから送られてきて、
現場で皮に包みます。
 
だから、
注文して待つ間に、リズムを取りながらおっちゃんが餃子を包むのをカウンター越しに見ていました。
 
 
高校になると、
通学の途中で近鉄の鶴橋で途中下車して、
高架下の直営店に行きました。
注文して待つ間に、焼くのを見ていたら、焼き方を覚えました。
 
だから、当時は自宅で食べたくなった時には、母に王将の餃子を生で買ってきてもらい、自分で焼いてお腹いっぱいに食べたものでした。
 
その焼き方がプロはだしだったので、母はよく言いました。
 
 
「あんたなあ、大学行かれへんかったら、王将で働けるわ。」
 
 
って。
 
さすがに親ですね。
子供の適性をよく見抜いています。
 
まあ、なんとか大学に行けたのでいまではこうして好きなことして給料いただいてます。
 
 
で、
その餃子、
いまでも焼いてます。
 
 
実は、昨日も高畠に行ったついでに生の餃子を買ってきました。
「肉の斎院」 というお肉屋さんの餃子が大好きなんです。
 
ここの餃子は大阪王将の餃子とは対照的に、皮が厚くてモチモチしてて、大きめで、それはそれは満足感が高い餃子なんです。
しかも値段が手頃です。
 
 
 
 
 
 
餃子好きと餃子談義をすると、だいたい二派に分かれます。
大阪王将の餃子かホワイト餃子か。
 
そういう分類だと、肉の斎院の餃子はホワイト餃子にちょっと近いですね。
 
ちなみに、大阪王将の餃子と京都王将の餃子は似て異なるものですから、気をつけて下さい。
 
 
そんなことで、
昨日と今日、
久しぶりに餃子を食べ続け、
 
 
 
亡き母を思い出してました。
 
 
 
肉の斎院のぎょうざ、
みなさんもぜひお試しください。
 
 
 
 
 
 
 
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2017年1月28日 (土)

タカハタ

 

 

 

 
 
 
私の住む米沢市は、山形県でも内陸部にあり置賜盆地の中にあります。
きょうは、同じ盆地の中にある隣町の高畠町に行ってきました。
 
実は、
同じ盆地の隣町という似た者市町村と思われるかもしれませんが、実は「食」に関しては高畠は米沢よりも一歩も二歩もリードしていて、こだわる人たちが多いです。
 
きょうもそんなこだわりの食品メーカーであるセゾンファクトリーさんに伺いました。
 
 
 

 

 

 

こちらは創業1988年ですから、まだ30年弱の会社で、100年以上の会社が無数にある山形県では新しい方ですが、いまや知る人ぞ知る存在です。

 

 

 

 

 

 

工場にはいると、商品が展示されてますが、そこには有機ELの照明も。

山形県内には100カ所以上の施設に有機EL照明が設置されてますが、ここはその一つです。   

 

 

 

 

 

 

商品は、主に、ジャム、ジュース、ドレッシング。

しかもこだわり抜いたものばかりです。

 

 

 

 

 

 

とにかく、素材にこだわってます。 

安全でおいしいものばかりです。

 

 

 

 

 

 

そして製造方法にもこだわってます。

 

手作りです。

 

 

 

 

 

 

だから、

とてもおいしいです。

 

 

 

 

 

 

ただ、値段がちょっと高いです。

 

ということは、

 

もらったら、とてもうれしいです。

 

 

 

前社長いわく、

 

うちは、ジャム、ジュース、ドレッシングの

 

 

エルメスです。

 

 

 

最近、

チョコレートも販売始めたとかで、  

いただきました。

 

 

 

 

 

 

イチゴにチョコが染み込んでいて、

 

なんだか、

 

イチゴチョコでした。

 

いままでなかったですね、こんなチョコ。    

 

 

 

 

 

 

私が社長を務めるベジアもこだわる会社です。

もちろん素材にこだわり、

製法は常温乾燥にこだわる。

 

 

セゾンファクトリーさんのような会社と仕事をさせていただきたいと思います。

 

 

 

 

 
 
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2017年1月27日 (金)

ベジタブルチャレンジャー

 

 

 

 

 

 

正直言って、

子供の頃は野菜嫌いでした。

きっと、小学校の給食の野菜がとてつもなくまずくて、残すと先生に叱られて、

そんなことを繰り返すうちにトラウマになって野菜嫌いになったんだと思います。

 

きっと、

最初に美味しい野菜に出会っていれば、野菜好きのベジタリアンになっていたかもしれません。

 

 

もちろん、

今では野菜もお肉も魚もいただきますが、お店に行って注文までして、お金を払ってまで、よろこんでまで、野菜を食べようとはしませんね。

 

 

というわけで、

今、米沢で開かれてる

 

米沢ベジタブルチャレンジャーズフェア

 

ですが、これまでまったく、興味がありませんでした。

 

なんで野菜食べるのん?

みたいな感じでしょうか。

 

 

その認識が変わったのが、これ。

 

 

 

 

 

毎度おなじみ、らあじゃの野菜大好きスープカレー。

 

この私が野菜メニューのなかでも、唯一注文してよろこんで食べる料理なんですけど、

先日、お店に置いてあったベジチャンフェアのパンフレットをチラチラ見てみると、

 

 

 

おいしそう。  

 

   
  

 

 

 

そこで、

読者の皆様にもぜひ味わっていただきたいので、そのパンフレットを勝手に掲載してしまいます。

 

 

 

1
 
 
 
寒中野菜というのは、雪の下で野菜を凍えさせて、ブルブルふるえながら栄養分を引き出させて、おいしくおいしく熟成させたもの。甘み成分が多いんです。
 
米沢のスーパーでも売ってますから、うちでは鍋なんかに使ってますね。
 
 
そんな美味しい野菜を料理人の方々が工夫を凝らして、お家で食べらえないようなプロの味に仕上げたのが味わえます。
 
 
 
2
 
 
 
3
 
 
 
ね、
野菜ですけど、結構おいしそうでしょ。
 
 
 
 
4
 
 
 
 
野菜嫌いの私も幾つか回ってみたいと思います。  
 
米沢の人も、市外、県外の人も、
特に野菜嫌いの人は、これを機会に野菜好きになりませんか?
 
 
 
 
 
 
 
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2017年1月26日 (木)

ザ・ピーナッツ

 
 
 

 

 

 

入試勉強で頑張ってる娘、

親としてもできるだけ協力してやりたいと、

ここのところ、娘の要求を丸呑み。

 

 

で、先週、

娘がポツリと一言、

ピーナッツバターでトーストを食べたい。

 

 

ということで、

聞き逃さなかった父親、

東京出張の折に、おいしいピーバッツバターを買いに、

Dean and Delucaへ。

 

さすが、このお店、

いいもの置いてます。

 

で、

一つ購入、

それを胸に抱えて命がけで帰った話が、昨日のバカブログ。

 

 

で、

今朝、

食べました。

 

まず娘の歓声。

おいし〜〜〜い。

 

 

で、

私も一口、

 

 

ザ・ピーナッツや。

 

 

こんなおいしいピーナッツバターは、

他にない。

 

千葉の落花生100%。

無添加。

 

うまくないはずがない。

 

 

 

 

 

 

で、

娘に聞きました。

 

これ、なんぼか知ってるか? 

まあな、その辺の紙のカップに入ってるようなピーナッツバターは300円とか400円やろ。

 

で、

娘が答えて、

 

 

500円。

 

 

なんて言うんでしょうか。

世間知らず?

教えてあげました。

 

 

2000円や。

 

 

ええええええ〜。

 

思うんですけど、

工業製品もそうですけど、

これからの日本の生きる道は、

付加価値の高いものを作って売る。

 

300円のピーナッツバターを作って売っても

もっと安い製品が外国で製造されるでしょう。

 

だから、

日本でしか作れないものを作りましょうよ。

 

このピーナツバターを考案して、製造している人に会いたいなあと思いました。

 

食品加工ベンチャーの社長として、

こういうこだわってる人たちと一緒に仕事をしたいと思います。  

 

 

来年から極めた食品を製造販売させていただきますので、
 
 
よろしく。
 
 
 
 
 
 
 
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2017年1月25日 (水)

フェイスブック友だち

 
 
 
昨日はちょっと大変でした。
まあ、聞いてください。
 
 
月曜日の夜、
大学での仕事を終えて横浜まで移動。
 
で昨日、火曜日の朝、
横浜で民間企業の社外取締役として役員会に出席。
 
午後、市ヶ谷で国プロ打ち合わせ。
 
夕刻、
大手町でベンチャーキャピタルの方々とお話し。
 
 
ここまでは順調でした。
で、最終で帰ろうと思って、東京駅に行くと、流れてました、
 
山形新幹線は運休しております
 
というアナウンス。
 
 
おいおい、
また東京で一泊か?
 
と脳裏をかすめましたが、
ひょっとしてローカル電車が福島から米沢まで走ってるかもしれないと、
とりあえず、東北新幹線で福島へ向かいました。
 
 
で、
ヒマなので、
ことの顛末をフェイスブックで書き込もうと写真入りでアップ。
 
 
 
東京からやまびこで福島まで。
福島から米沢へは、歩いて峠を越えます。
 
 
 
ちなみに、峠越えで福島から米沢へは距離でいうと35キロくらいあるでしょうか。
8時間はかかるでしょうから、この時期、確実に死にますね。
 
すると、コメントが、
 
 
Aさん  そっち方面は大変ですね。こっちは寒いけどしれてます。
 
Bさん それは、ちょっと・・・。
 
Cさん  泊まるんですよね
 
Dさん  峠〜とうげ〜、普通列車の際は止まり力餅を売りに来るんですね 
 
 
みなさん、他人事のようです。
まあ、他人事ですけど。
 
 
 
もし遭難したら、このピーナッツバターをなめる。
 
 
 
これはDean and Delucaで娘のために買ったものです。
それにも、コメント。
 
 
Eさん  城戸先生、お疲れ様です😃昨日は米沢駅ホームでスマホ📱をもって撮影している城戸先生の姿を新幹線🚄の中からお見かけしました😃福島駅から米沢駅までは現在新幹線は運休しているので、選択枝は、バスかタクシーか福島市に宿泊か、だと思われます
 
Fさん  栄養価が高いんですね~ 
    
  
   
福島駅に着いて、
 
さあ、愛する妻の待つ米沢までがんばるか。
 
 
 
いろいろ書き込まれますが、なんだか人の不幸を喜んでるようなコメントも見受けられるようになりました。
 
 
Gさん 気をつけて!
 
Hさん  私も愛してます♡
 
Iさん 福島も積もってますね〜
 
Jさん 道中、気をつけて下さい…。
 
Kさん 西口ですね!
 
Lさん おや、私も昨日福島でした!
  
  
  
で、生きて自宅に到着して、
    
やっと着いた。
ええ運動になったわ。

    
 
 
すると、
 
Mさん 城戸先生、お疲れ様でした😊
 
Nさん あんまり本気にしてませんが、お疲れ様です。それ運動ではなく労働ですが、細かい話は抜きでおやすみなさい。右の雪がクレヨンしんちゃんのケツに似ています
 
Oさん 福島からどうやって帰ったのですか?まじで歩いて帰ったのですか?あの栗子トンネルを歩くのは地獄ですよ〜〜。
 
Pさん すごい❄雪ですね…。
 
Qさん 車のスピードでお疲れ様です
 
Rさん 家内が雪懐かしいと言ってたよ。ところで城戸先生心肺停止にならなくてよかったですね。
 
Sさん 今朝、東京から仙台に出て車で東根へ。新幹線が不通ってありえへん
  
   
まあ、こんな感じで、
私としてはファイスブックが非常時にいかに役に立つかと、試したわけですけど、
見事に、
 
使えない
 
か、ということを証明してくれました。
 
東京を出た時点で、米沢の人たちは福島ー米沢間が不通だと知ってるわけで、
そうだとすると、
35キロの雪山を私が歩いて帰ろうとする無茶を、
 
止めるか、
 
じゃあ、
 
今から福島までお迎えにあがります
 
と車を出すか、  
 
二つに一つだと思ってましたが、
そんな心優しい人、一人もいませんでした。
 
しかも、
 
どなたとは言いませんが、コメントをくれた人の中には、米沢市役所の人もいて、
私が米沢の活性化のために日頃からどれだけ努力しているか知っているにもかかわらず、見事に見捨てられました。
 
とても残念です。
もう、米沢は見捨てます。
 
 
 
で、
 
 
実際にはタクシーに乗ったわけですけど、
こんな夜に米沢まで雪道というかアイスバーンの山道を走ってくれるか心配で、
タクシー乗り場で、まず開いているドア越しに、運転手さんに聞いてみました。
 
 
米沢まで行ってもらえますか?
 
 
その時、初老の小柄な運転手さんの目が、
 
 
になったのを見逃しませんでした。
 
まあね、今から往復すると日が変わります。
しかも、雪道で危険です。
しかも、結構年配で体力も心配です。
 
だから、一瞬たじろいだのでしょう。  
 
けど、乗せてくれましたよ。
福島の人は親切です。
 
 
 
 
 
 
途中、
峠の山頂付近ですけど、
猛吹雪で前が見えず、後部座席の私でさえ、ちょっとビビりましたけど、
運転手さん、
動じることなしに運転を続けました。
 
ベテランだから、慣れているのか、
もう感性が鈍っていて、
何ににも反応しないのか。  
  
   
しかも、途中の長いトンネルの中で急にフロントガラスが曇って、
前が見えなくなりました。
 
 
 
 
 
 
私は身の危険を感じましたが、
ベテラン初老小柄運転手さん、
動ぜず、
おもむろに、
温風を当て始めたら、
下の方から、
ゆっくりと晴れて行きました。
 
この間、約3分。
 
前は見えていませんでした。
 
 
まあ、  
ベテラン初老小柄鈍感運転手さんにとっては、
フロントガラスが曇ってようが、クリアだろうが、結局は前がよく見えてなかったのかもしれません。
 
 
そんな感じで、
西栗子トンネルの入り口付近で、髪の長い雪女に手招きされましたが、
それにも目をくれず、
 
無事に我が家につきました。
 
 
1万6000円ほどかかりましたが、 その日のうちに無事に帰宅できた幸運を喜びました。
 
 
それにしても、
フェイスブック、
 
そして
フェイスブック友達は、
 
 
役に立ちません。
 
 
 
 
 
さあ、この国を福島から元気にしましょう。

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2017年1月24日 (火)

教授の心、学生知らず

 
 
 

 
 
 
うちの研究室にはたくさんの学生がいます。
 
それぞれ個性があって、勉強が好きな子、嫌いな子、
手先の器用な子、そうじゃない子、
夢を持ってる子、持ってない子。
 
いろいろです。
 
ひとつ共通しているのは、みんないいところがあること。
長所があります。
 
それが教授にはわかりますね。
親が子供達の長所、短所が見えるように。
 
 
 
私もかつて学生でした。
しかも出来の悪い学生でした。
だから、学生の気持ちがわかります。
出来の悪い学生の考えてることわかります。
 
いまは、大学教授です。 
だから、教授の考え、気持ちもわかります。
 
でも、学生には教授の心はわかりません。
 
 
 
また、
私はかつて子供でした。
だから、子供の気持ちがわかります。
 
そしていまは親でもあります。
だから、親の気持ちもわかります。
 
けど、学生はまだ子供の気持ちしかわかりません。
親が子供のことをどれだけ思っているのか。
 
 
長い人生、岐路に立つことがあります。     
なぜ、いま、こういう状況にあるのか、
そして、将来どうしたいのか、
人生経験がないと、どうしたらいいかわからないでしょう。
 
 
ある学生に言われたことがあります。
 
僕は城戸先生のように大志を抱いて生きて行こうとは思いません。
夢を見たいとは思いません。
普通のサラリーマンでいいんです。
 
 
それに対して、答えました。
 
じゃあ、会社に勤めて、
上司の言うことだけをやって、
給料もらって、
定年まで過ごすってわけだね。
 
あのね、
考えてみて。
 
会社の中でも社長になってやる、
とか、
いつまでに部長になるぞ、
とか、
そんな目標がないとどうして頑張れる?
 
学生の時の辛いことなんて、社会に出たら比じゃないよ、
いやな上司に理不尽なこと言われたり、
取引先に邪険に扱われたり、
開発がうまくいかなかったり、
 
そんなとき、
夢がなくて、
どうして頑張れる?  
 
結局、
夢のない人、
目標のない人は、
 
頑張れません。
がんばりません。
 
嫌なことから逃げます。
 
そして、 
会社の中で、いつかお荷物になるでしょう。
会社の業績が悪くなれば、まっさきにリストラにあうでしょう。
そしたら、君の望む「普通の生活」は送れなくなります。
愛する家族を路頭に迷わせることにもなります。
 
もう一度、じっくりと考えないかい?
いまなら、生まれ変わることができるよ。   
 
 
 
そんなことを学生達に話をしたことありますけど、
わかってくれたかなあ。
 
やっぱり、教授の心、学生知らず、なのか。
 
 
 
 
 
 
さあ、この国を地方大学から元気にしましょう。

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2017年1月23日 (月)

米沢織と有機EL


山形新聞 2017118日から:

米沢織、狙うブランド化 若手経営者ら新商品開発プロジェクト

東北経済連合会、米沢市の米沢織の若手経営者有志、山形大工学部などが連携し、新たなものづくりの取り組み「Yonezawa Textile Project(ヨネザワ・テキスタイル・プロジェクト)」を進めている。地方創生に向けて高付加価値化、ブランド化を進めるのが狙いで、デザイナーなどとタッグを組んで新商品を開発する。東京都内で2月に報告会と展示会を開く。

きっかけは東経連の創立50周年記念事業「東北の若者・イタリア交流事業」。東北芸術工科大の学生らが201511月、イタリアのファッションブランド「ブルネロ クチネリ」社の職人学校を訪問し、帰国後、米織の若手経営者と交流した。それを機に、米織の若手経営者4人が昨年6月、和装の販路拡大などを目的に「侍 Textile Project」を発足。この組織が中核となって取り組みを始めた。

プロジェクトは、県のメイドイン山形ものづくり推進事業の助成を受け展開している。米織関係者のほかデザイナーやスタイリスト、さらに山形大工学部の城戸淳二教授など有機EL照明関係者らが加わり、新商品開発を進めている。将来的にはパリの見本市への参加も視野に入れているという。

現時点で試作した商品は2種類。一つは高級インテリアで、米織の伝統生地を浮かせるようにアクリル樹脂で固め、有機EL照明でライトアップしてオーロラのように見せるオブジェ。もう一つは富裕層向けの部屋着。「和」のデザインを受け継ぎながら、女性向けの薄紅色と男性向けの藍色の室内着にした。

高級感を打ち出したのは「世界を視野に入れると、高くても良い物を買う層が確実にある。ここで勝負できる。東京五輪を見据えれば、日本の伝統を生かした物は足りていない」(東経連の藤原功三部長)という。「侍―」の諏訪豪一代表(野々花染工房専務)は「和装にこだわりを持っているが(デザイナーなどから)刺激を受け、取り組みに魅力を感じている。(新商品は)伝統を今の感覚にしたり、先端技術と合わせたりしているところが見どころ」と語る。

プロジェクトの報告会は216日(展示会は翌17日まで)、東京都渋谷区の「Salon de TiTi青山本店」で開く。プロジェクトの紹介やトークセッションなどを予定している。

ということで、米沢織と有機ELのコラボ。

とても面白い作品が展示されますので、ぜひお越しください。

日時:  平成29年2月16日(木)

          報告会 15:20−16:20

          展示会視察  16:30−17:00

会場: Salon de TiTi青山本店

          渋谷区神宮前5-47-11

議事: 1) プロジェクトの紹介  

              (株)コンシリウム  取締役社長 勝尾岳彦氏

          2) トークセッション

              モデレーター  

                  勝尾岳彦氏

              パネリスト  

                 米沢織物  (株)新田 専務取締役  新田源次郎氏

                 スタイリスト 河井真奈氏

                 ファッションデザイナー  (株)スチル代表取締役社長 八巻多鶴子氏

                 インダストリアルデザイナー (TIDS) 上島弘祥氏

お申し込みは、ファックスにて以下の必要事項をお送りください。

          お名前、ご所属、連絡先

          FAX 022-262-7062

宛先:  一般社団法人東北経済連合会

                    地域政策グループ  藤原様、青木様

お待ちしております。

さあ、この国を東北から元気にしましょう。

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2017年1月22日 (日)

Fランク大学

 
 
 

 
 
 
昨日、ツバサの中で読んでいた週刊新潮に、 
Fランク大学に関する記事が。
 
 
まあね、
職業柄こういう大学がたくさんあって、
とっても低レベルの授業をやっていて、
少子化で定員すら満たさず、
潰れかかってるところも多いのは知ってたけど、
気がつかなかったのは、
こんな大学にも文科省から
 
 
多額の補助金
 
 
がでていたこと。
 
 
そうですよね、
私学ですから私学助成金が出ててもおかしくない。
 
で、 
この私学助成金を受け取っている私立大学の数は、なんと全国で568大学。      
その中にFランク大学は100じゃ済まないと思います。  
 
しかも、   
その額も大学によっては数億円。
名もない、ワケのわからん、しょーもない、高校以下の授業やってる「大学」にですよ。
 
 
少子化で大学全入時代というのに、いまだに新設の大学が生まれ、レベルの低い教育を行ってるのに、税金である交付金が垂れ流されるのは、  
うがった見方をすれば、
文部科学省からの天下り先になるかもしれないから。  
そんなことを考えると、
 
 
なんだかなあ
 
 
と思う今回の天下り問題なんです。
 
 
 
 
もし、私が事務次官ならこんな改革を行います。
 
まず、まともな教育を行ってないFランク大学への助成金はやめます。
それで潰れるような大学には潰れてもらいます。
 
そうすると、
大学に現役で入学できない高校生が大量に出てきます。
けど、どうしても大学に行きたい人には予備校に通ってもらいます。
 
実は、
浪人生が減って予備校がどんどん潰れてるのはご存知でしょうか。
だから、浪人生が増えることは業界の活性化になります。
そういう予備校に文科省を退職した人たちが再就職して、教育指導をされればいいと思います。
 
 
それから、
このバカブログで再三警告してますが、交付金減で地方国立大が疲弊しています。
地方活性化の切り札が、倒れかかってます。 
 
大学によっては定年で教員が減っても、その分を補充しないので、教員の数が減り、一人当たりの仕事が増え、しかも平均年齢が上がるわで20年後には消滅してしまいそうな国立大も数多くあるワケです。
 
 
 
だから、 
 
Fランク大学への助成金をなくす。
 
それで潰れるなら潰れてもらう。
浮いた交付金を頑張ってる地方国立大学にまわす。
 
こんな高校生でもわかる単純な改革で地方が活性化して、地方が豊かになれば、この国が再び元気になるでしょう。
 
だから、文部科学省の事務次官って、じつはこの国のキーパーソンなんですよ。  
 
 
頑張って欲しいと思います。
 
 
 
 
 
 
 
さあ、この国を地方大学から元気にしましょう。

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2017年1月21日 (土)

審査

   
     
  

 
   
 
金曜日から旅の人。
 
 
まず東京で、
国プロジェクトの中間評価会。
これまでの成果を審査委員の先生方の前で発表。
 
まあ、
こちらとしては十分な成果が出ているので、自信満々で緊張もしないけど、
審査委員の中には、専門じゃない人もいて、
けっこう的外れの質問が来たりして、
その対応をしていて、なんだかなあと思った。
夜は打ち上げ。
 
 
翌日の土曜日は、
朝から晩まで、横浜の社外取締役を仰せつかっている会社のお仕事。
夜は協力企業さんたちとの懇親会とカラオケ大会。
私は美空ひばりのように歌が上手だけど、
父の遺言のためカラオケでは歌えない。
ちょっと残念。
 
 
で、
きょうは東京again。
 
JRから有楽町で地下鉄に乗り換えるときに、ふと見ると地方自治体のお店が見えた。
近づくと、大阪のお店があるので中を覗いて、
ちょっとがっかり。
 
一言で言うと、
通天閣のお土産物屋。
 
あたり前田のクラッカーとか、
まあ、昭和のお菓子みたいなのがいっぱい並んでたりするわけですが、
もうちょっと、食い道楽の街らしいほんまにおいしい物を置いてて欲しかった。
 
それと残念なのは、売り子さんが大阪弁やないこと。
ヘタでもええから、片言の大阪弁でもしゃべって欲しい。
 
あんまり売る気ないんかなあ、
この店。
 
 
で、
午後は地下鉄できょうの仕事場へ。
ある審査委員会で、今度は審査する側。
 
審査される側は一生懸命発表されてて、
気持ちが伝わってくるものの、
心を鬼にしてきちんとスコアをつけないといけない。  
 
審査する側もされる側も疲れます。  
 
 
で、
明日は久しぶりのお休みと思いつつ、
このバカブログを書いてて思い出した。
 
電話帳のような申請書に明日中に目を通さないといけない。
 
嗚呼、、、
誰か代わって。
 
 
 
 
 
 
さあ、この国を地方から元気にしましょう。

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2017年1月20日 (金)

フリーターの君

 

 

 

 

 

 

読者のみなさんは、なぜ私がブログを書き続けるかご存知ですか?

なぜサイエンスキャンプや出前講義などのアウトリーリ活動を行ってるか、ご存知ですか?

  

それは時々、ご褒美として感動をもらえるからです。

 

ちょっと長くなりますが、以下、実話です。

 

 

ブログ 2008年9月9日

 

タイトル:フリーターの君へ 

 

きょうは河合塾で講演なので名古屋にきている。

名古屋駅で新幹線を降りる時に、女子高生か受験生かと思われる若い女性に「城戸先生!」と声を掛けられたので、講演の聴講者なのかと思ったら、クロタキの奥さんだった。

 

黒瀧はソニーで有機ELを開発していて、愛知の工場に出向している。

昨秋の卒業生の渡部の結婚披露宴であったところだったのだ。

  

講演は受験生とか高校生とか若い人向けに成功の秘訣をお話したんだけど、その中でフリーターには絶対なってはいけません、と力説したところ、著書にサインしてくださいとこられた若者の一人がフリーターですと告白された。

 

  

人生とは修業です。

  

  

特に若い人は与えられた環境でいかに頑張って自分の能力を伸ばすか、その気持ちがあるのかで将来が決まる。

バイトだとイヤな上司がいたら辞めればいいし、つらければ転職すればいい。

これじゃあ、自分の持つ能力を高められない。

 

よく自分のやりたいことがわかるまでバイトしながら自分探しをするという人がいるけれど、こんな話はナンセンス。

サラリーマンで仕事を楽しいと思ってやってる人は極々一部で、みんな生活のために汗を流しているのだ。

 

中小企業は人手不足で、探さなくてもいくらでも正社員の職は見つかる。

ソニーもホンダも松下も、最初は中小企業。

 

 

フリーターの君、

 

まず就職すること、そして自分の能力を120%出してがんばって能力を高め、まず会社に貢献してほしい。

成果が出始めたら、どんな仕事でも興味は湧くし、やり甲斐も見いだせると思う。

 

 

フリーターの君、

  

もし、このバカブログを読まれて、正規な仕事に着かれたら連絡ください。

ささやかですが、心からのお祝いをお贈りします。

 

 

 ・・・・

 

すると、驚いたことに本人からメールが届きました。

以下、そのまま。

 

 

2008年9月10日

  

こんにちは。講演会の終わりに生意気にもサインを要求した「フリーターの君」です(笑) 名前は、○○○○と言います。

  

あの講演の次の日、いつものようにアルバイトをして家に帰ってパソコンで先生のブログを見たら、自分のことが書いてあってびっくりしました。

  

それと同時に、教授という立場にある偉い先生が社会的身分の中では底辺に位置する自分のことを馬鹿にすることもせず、淡々とアドバイスをくださり、その文章を見たら目頭が自然と熱くなってしまいました。本当にうれしかったです。

 

自分のことを述べて大変恐縮なのですが、僕はその場その場がすぎればそれでいいといういたって無気力な人間でした。学校の成績はそこそこ良かったのですが、それは直前に追試になりたくないがために一生懸命勉強したためであって、総合的な学力を検査する模試ではいつも底辺をさまよっていました。そもそも勉強という二文字が昔から大嫌いでした。こつこつと勉強することが昔から嫌いで、勉強するのはテスト前であとは全くやらないという典型的な受身人間だったんです。

 

身の程知らずで、突然医学部にいきたいと思いそこを志望しようと思ったのですが、だからといって高校三年生になってからもそれほど勉強はせずまあ当然のごとく不合格。卒業後は代々木ゼミナールへ行って予備校生となるも、「アルバイトをしていくらかはお金を家に入れること」という条件があったのでアルバイトをはじめ最初は嫌々だったのですがどんどんそっちのほうに精をだすようになって九月くらいまでほとんど勉強せずアルバイトばかりやるようになりました。

 

このままではまずいと思って入試までの三ヶ月は必死こいて勉強するも付け焼刃的勉強で受かるはずもなくまた医学部不合格。すべりどめにしていた大学にもすべて落ち、現役浪人ともにひとつの大学も受からないという事実をつきつけられて、勉強しなかった自分がすべて悪いにもかかわらず「うつ病」の症状を引き起こして、病院へ行くうちにほとんどひきこもり状態になってしまいました。数ヶ月してなんとかたちなおったものの、もう医学部にも興味はないし、大学自体にも興味はない、もう勉強したくも無い、かといってこのままニートになるのは・・・・・・・・・・ということでアルバイトをし始めて、そのまま無気力に日々をすごして年がたち現在に至ります。振り返ると自分でもひどい人生だなと思います。

 

そんな中、インターネットで先生のブログを発見して毎日のぞくようになりました。先生が有機ELに対して熱心に研究をしているのを知り、そういえば昔自分はプラモデル作ったり、貯金箱や家財道具を作ったりいろいろ「ものづくり」が好きだったなあということを思い出しました。アルバイトが終わるたび家に帰ってから毎日読んでいくうち、別のサイトで先生が河合塾に来るということを知って、地元の岐阜から聞きにきたというわけなんです。

 

講演のなかで先生は最初有機ELの話をしてくださいましたが、いったい実物はどんな感じなのかと有機ELのテレビを見てみると、うちにある液晶テレビよりも比べ物にならないほどきれいでかつ薄いということで、思わず息を呑んでしまいました。また最後のほうで先生は、好奇心、創造力、やる気、この三つが大切だと言いましたが、今後この三つを頭にとどめ努力していきたいという気持ちも生まれました。

 

ブログの中で先生は就職してがんばってほしいと言いましたが、あのパネルのそばにいた修士課程の学生の人に「大学ってこんなにおもしろいんだよ!」という話を聞くうち、また先生の講演を聞いて、あれほど大学に対して嫌な感情があったのに今はそれがすうっと消えて「俺大学に行きたいかも」と思うようになりました。ずっと勉強していなかったので「一からのスタート」ということですが、山形大学の工学部を来年受験してみようと思います。

もう数年のブランクがあり今からやって間に合うのかわかりませんがもう一回死力を尽くしてあの嫌だった「勉強」をやってみようという気持ちになり、こういったチャンスをいかしたいからです。また山形大学には「山澤進奨学金」という、採用されれば四年間授業料入学金免除かつ月五万円支給というほかの大学にはないすばらしい制度もあるということを広報の先生から聞き、今まで散々迷惑をかけてきた母にもまたお金のことで迷惑をかけることなく無事学業がこなせるという理由もあるからです。それでも大学にいけなかったというのであれば、今度はちゃんと就職して、会社に貢献したいです。

 

もうなにに対してもなげやりな態度をいつもとっていた自分が今こうして「がんばってみよう」という気持ちになれたのは先生のおかげです。改めて御礼を言いたいです。ありがとうございます。もし大学にいくなら仕事に就くのではないということで、お祝いをもらえないことになってしまう(笑)のですが、いづれにしても将来に対して希望を持てたのは自分の中では小さいかもしれませんが一歩前進だと思っています。

 

これからも先生のブログを楽しみにしつつ毎日見ていくのでよろしくお願いします。また来年になったら近況のメールをするかもしれません。つたない文章でごめんなさい。先生もお体にお気をつけてください。それでは。

 

 ・・・・

 

うれしくて、

涙が出ました。 

 

そして、

2009年2月24日のブログ:

 

タイトル「驚いたこと、いくつか」

 

前後省略して、肝心な部分だけ・・・

 

  

 

今朝の米沢駅。

東京に行く電車をホームで待っていると若者が声を掛けて来た。

 

若者「河合塾で先生の話を聞かせていただいたものです。」

管理人「はあ?」

若者「フリーターです。」

管理人「ええ!」

若者「XX(名前)です。」

管理人「ああ!」

若者「受験に来ました。」

管理人「いやあ!」

 

ただただ驚いた。

  

管理人「センター試験できたか?」

若者「はい!」

管理人「明日頑張りや。」

若者「はい!」

管理人「結果でたら連絡してや。」

若者「はい!」

  

 

フリーターの君、はつらつと、しかも晴れ晴れとした笑顔。

去年の名古屋のときとは別人に変身していた。

きっと受かってくれるに違いないし、ぜひとも受かってほしいと思う。

 

つばさの席に着いたらうれしくてちょっと胸が熱くなった。

 

 

 ・・・・

 

そして、2009年3月8日にメールをもらいました。

 

こんばんは。先日は米沢駅で先生にお会いした際、突然お声をかけて驚かせてしまいご迷惑をおかけしました。

題名にもありますとおり、センター試験の点数もよかったこともあってか合格することができました!学科は◯◯◯◯工学科で、先生が行っている研究の分野とは違ってくるのですが、もともと医療系、生命系に興味があったこともあり、勉強していく中で将来は「医療機器を設計、開発したい」という具体的な夢がでてきたためで、そのようなことが学べそうな学科だからというのが理由です。しかしながら高分子のほうにも興味があるので、二年になった際そういったことも学べたらなあと思います。

去年名古屋での講演会で先生に出会えたこと、そして先生に直接激励をいただけたおかげで、自分はここまでやれたのだと思います。先生には感謝してもしきれない思いです。本当にありがとうございます。また母や友達の支えがあったからこそ勉強できたのだと思います。一年目は教養教育中心ということで山形市に住むのですが、幅広い分野を勉強し、また大学生にしかできないサークルや旅行などいろいろな経験をしていきたいです。

学科は違うのですが、同じ工学部なので先生にはお世話になることもあるかとは思います。これから四年間よろしくお願いします。

 

 

 ・・・・

 

 

もう8年も前のことですから、彼は卒業してきっと社会で活躍してくれてることでしょう。

  

人というのはきっかけがあれば変われます。

私は若者たちにそのきっかけを与え続けたいと思います。

 

ご褒美に感動の涙をもらいたいから。

 

 

 




 
さあ、この国を地方大学から元気にしましょう。

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困ったちゃん

昨日から東京に出張で、今日は横浜、そして明日はまた東京、
と首都圏での仕事が続くきょうこの頃です。
そんな時に出くわすのが、困った人たちです。
その1。
新幹線でゴミをそのままにしていく人。
たとえば、名古屋から乗車するとします。
新大阪から乗った人が、ゴミを残して降りたとします。
その席に座った人はどう感じるでしょうね。
車内に自分が持ち込んだものは、きちんと持ち帰って欲しいものです。
こういうのって、見るだけで不愉快になります。
その2。
新幹線で靴を脱ぐオヤジ。
想像してみてください。
新幹線で隣に座った人が靴を脱いだらどうでしょう。
臭いです。
少なくとも臭そうです。
最悪は、
実際に目撃しましたけど、
新幹線のグリーン車で、
新聞紙をひいて、
靴を脱いで、
左手にガラケーでメール、
右手に菓子パン、
降りるときは、
新聞紙はひきっぱなし、すべてのゴミが座席の前にそのまま。
いい大人ですよ。   
きっと、そんな親の子供は同じことをする大人になるでしょう。
子は親の鑑ですから。
その3。
志の低い学生。
そして、 職業柄、
卒業時期になってたまに出くわす困った学生。
これは大学の先生なら皆経験されてると思います。
ご存知のように講義を受け持てば、単位をだすために試験をします。
たとえば、60点以上は「可」、70点以上は「良」、80点以上が「優」というふうに成績の評価基準は決まっています。
でもいるんです、
59点だから、あと1点なんとかして欲しい。
就職の内定が決まってるので、なんとかして欲しい。
レポートを提出するので、なんとかして欲しい。
そんな学生にはキッパリと言います。
無理です。
なぜなら、59点で単位がもらえたら、58点の学生が来て言うでしょう、
59点と58点では、1点しか違いません。
だから単位をください、と。
それを続けると、どんどん基準が下がって50点でも単位をだすことになりますね。
だから、基準が設けられてます。
60点以上が「可」なんですよ、と。
卒業論文、修士論文でもあります。
とても単位をあげられない実験内容なのに、卒業させて欲しいと泣きつきます。
内定をもらってるので、なんとかして欲しいと粘ります。
でも、私は言います。
あなたの実験結果では、基準に達する修士論文は書けません。
そもそも実験量が少なすぎますね、
それに勉強がおろそかで化学の基礎がわかってませんね、
だから、
延長するので勉強して、実験を続け、基準に達する修論を書いてください。
でも、そういう学生に限って言います。
よその研究室では、このレベルで卒業できるのに、
とか、
先輩より実験してるのに、なぜあの先輩が卒業できて、私はできないんですか、と。
こういう考え、意識を持っていること自体がダメですね。
言った瞬間
アウト
です。
卒業は難しいでしょう。
なぜなら、あまりにも目標が低いからです。
「志」が低すぎるからです。
自分をもっとも低いレベルと比較して、上だの下だの、
寂しすぎますね。 
とても悲しくなります。
もし私が親なら、育て方を間違えたと自分を責めるでしょう。
そのような学生は社会に出ても通用しませんし、
絶対に失敗します。
会社に迷惑をかけます。
組織のお荷物になります。
ですから、
そんなことを言ってる限り、
研究室に残して、
親の代わりに、
考え方、行動、すべて別人のように生まれ変わるまで、鍛え直します。
たとえそれが1年かかろうが、2年かかろうとも。   
城戸研スタンダードに達した学生しか卒業させません。
新幹線の中でも、職場でも、
困ったちゃんには会いたくないものです。
さあ、この国を地方大学から元気にしましょう。

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2017年1月19日 (木)

伝統芸能と最先端科学

 
 
 
 
 
 
最近、山形県でも日本海側に位置する鶴岡市によく行く機会があります。
 
きっかけは、
社長を務めるナチュラルプロセスファクトリー(株)の最先端乾燥技術を使って、鶴岡の木村屋さんがだだ茶豆のお菓子を開発して売り出され、それがバカ売れしていて、その開発の時から関わっているからです。
 
それと、
山形大学工学部の教授で遊び仲間の高橋幸司先生が鶴岡高専の校長として転出され、講演会などで呼んでいただく機会が増えたからです。
 
それから、
鶴岡には山形大学農学部があって、今後、農工連携で食品開発の共同研究を開始するからです。
 
しかも、
鶴岡の加茂水産高校とも水産物の加工に関する共同研究がスタートするかもしれません。
 
今週も、
鶴岡市役所を訪問して、榎本市長、山本副市長さんらと面談して、今後の私たちの鶴岡での活動に対するご支援をお願いしました。
 
 
そんなわけで、
鶴岡とは親密な関係になりつつあって、これからもちょくちょく出かけます。
 
 
 
ご存知のように、鶴岡には慶応大学の富田教授率いる先端研があって、バイオ関連の研究では世界の最先端を突っ走っておられます。
ベンチャーも数社生まれて、元気いっぱいですね。
 
そこにモノづくりで、山形工学部の最先端科学技術がプラスされれば、さらに活気ある街になるでしょう。
 
 
 
そんな最先端の街、鶴岡ですが実は伝統的な文化や施設がたくさん残っています。
 
その一つが能楽です。
 
 
 
 
 
 
奈良や京都から離れたこの地で能楽ですよ。
いわゆる五流のどこにも属さず、春日神社の氏子が守り続けた国内でも唯一の能楽です。
何を隠そう、私の義理の弟は京都の観世流の能楽師です。
身内で伝統芸能と最先端科学が同居しています。
 
そんな黒川能、
一度、拝見したいと思うのですが、なかなか機会がありませんでした。
ぜひ、来年は見てみたいと思います。
 
鶴岡っていうところ、
行ってみると面白いですよ。
 
 
 
 
 
 
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2017年1月18日 (水)

ご縁

 
 
 

  
   
 
私は平成元年に助手として山形大に来ました。
30歳でした、
当時、修士の学生は24、5歳。
年齢差は兄弟でした。
 
それから28年。
今や、年齢差でいうと親子ですね。
 
 
教育者として、
私はこれまで一貫して研究室に配属になった学生たちを、
兄弟、いとこ、姪や甥のように、
自分の身内として接してきました。
なんとか一人前にして社会に送り出したい。
私が教育者として考えているのはただそれだけです。
 
 
バカな子ほどかわいいと言いますね。
 
 
実際、
できの悪い学生も配属されることがあります。
モチベーションの低い学生もいます。
けど、自分の子供と思えば、放っておけません。
 
 
たとえば、
通常は修士は2年、博士は3年のところ、
うちでは、修士3年、博士6年なんていうのがいました。
修士2.5年で卒業というのは結構いますね。
 
ただ、
教員の中には、レベルの低い学生を、面倒だからと言って、卒業させてしまう人もいます。
 
 
楽ですから。
 
 
けど、どうでしょう。
そういう学生は社会にでてから苦労するわけです。  
しかも会社では失敗を続けると将来はありません。
 
自分の息子や娘が、あきらかに社会で苦労するのがわかっていれば、手元に置いて鍛えますよね。
 
私の場合、それなんです。
 
 
うちの学生にしても、 
大学受験の時に、山形大を受験しました。
高校の先生の勧めかもしれません、自分で選んだのかも知れません、
そして、3年の後期になって城戸研究室を希望して配属になりました。
 
 
 
これって、ご縁だと思うんです。
 
 
 
18年前に娘が生まれました。
私は娘に感謝しました。
私たちを親に選んでくれてありがとう。
 
アインシュタインも言いましたが、神様はサイコロを振りません。
偶然の出会いというのはありません。
すべてが必然です。
 
 
だから、
研究室の学生たちにも言いたいです。
 
 
自ら希望して配属された研究室、
これは偶然でもなんでもなく、
自分の希望であり、
必然でもあります。
 
 
だったら、
必死でやりましょうよ。
精一杯頑張りましょうよ。
 
たとえ、
修士が2年で卒業できなくても、
博士が3年で修了しなくても、
それには理由があるのです。
 
 
気持ちを切り替えて、やり直せば、他の学生よりも大きな何かをつかめるでしょう。
だって、そんなことは誰もが経験できるわけでもなく、いつか貴重な財産になるかもしれません。
 
なにごとも、ポジティブに、前向きに考えれば、失敗は成功に変わります。
 
 
 
娘が受験の年になって、学生達には立派に育って欲しいと願う今日この頃です。  
 
 
 
 
 
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2017年1月17日 (火)

鶴岡 

 
 
 

 
 
 
きょうは、朝一でオフィスアルカディアの有機エレクトロニクスイノベーションセンターで韓国からの有機EL照明関連の方々を前にご挨拶。 
 
 
その足で、鶴岡へ。
 
 
雪がなけれな、2時間半でつくところ、この雪で何時間かかるかと心配してたけど、ほぼ想定内で到着できた。
 
お昼ご飯は、副市長と、
その後、講演会。
 
鶴岡を元気にする方法をお話しして、
夜は懇親会。
 
旬の寒ダラのどんがら汁をいただきながら、ご当地の日本酒をいただきました。
 
 
そこで、感想。
 
 
米沢のお酒とは違う味。
なるほどなるほど、と納得しながら、
山形の日本酒のレベルはこの10年上がりましたね。  
それとお米のレベルの高さには驚きます。
努力の成果が実ってますね。
っと、ぶっちゃけの感想。
 
 
それに引き換え、新潟の地盤沈下は著しいです。
越乃寒梅、魚沼産コシヒカリのうえにあぐらをかいて、努力を怠りました。
 
山形も今後、努力を続ければ、食の山形としてブランド確立できますよ、
と。
 
 
内陸の米沢、海側の鶴岡、
それぞれコンテンツ、潜在的なポテンシャルは高いと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
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2017年1月16日 (月)

山形大を選ぶ5つの理由

 
 
 

 
 
 
受験生の皆さん、
センター試験お疲れ様でした。
 
 
二次試験を受験する大学を決めるときがきましたね。
 
 
もし、
あなたが工学部志望で、
 
将来、
一流、超一流の研究者、技術者になりたくて、
 
東京大とか、
京都大には、
 
ちょっとセンターの試験の点数が足りない、
と思ったら、
 
 
 
ここだけの話ですけど、
 
 
 
山形大学工学部
高分子・有機材料工学科
 
 
 
を受験してください。
その5つの理由は以下のとおりです。
 
 
その1  入りやすい
 
東北大、北海道大より偏差値が低くて入りやすいです。
特に工学部高分子・有機材料工学科は定員が増えました。
これは有機材料、高分子材料系で優秀な人材が欲しいという要望が強く、今回の入試から学科の名称を「機能高分子工学科」から「高分子・有機材料工学科」に改名し、しかも定員を増やしました。  
 
 
2 元気です
 
1/5付けの日経新聞に、
「企業共同研究費、山形大が伸び率1位 過去5年」
と掲載されてます。
 
有機、材料系での企業との共同研究がとても増えてるということです。
ということは、将来就職活動するときに、あなたは企業の欲しがる人材であるということですね。
 
それと、なぜ共同研究が多いかというと、
世界トップレベルの研究を行っているからです。
工学部の中でも、高分子・有機系は、学部に「高分子・有機材料工学科」があるばかりでなく、大学院には「有機材料システム研究科」があります。
 
通常、大学院は理工学研究科など、一般的な広い専門分野をカバーするような名称であり内容ですが、山形大学は「有機材料システム研究科」ですからね。
いかに、この分野が「強み」であり「売り」であるかわかります。
 
すなわち、この分野では世界のトップクラスの教育研究を行っているという証であり、自信の表れでもあります。
 
 
3 高い教育レベル
 
たとえば、大学院にはリーディング大学院というプログラムがあって、5年一貫で博士号を目指します。
 
学費は免除です。
毎月の生活費も支給されます。
 
しかも、プログラムは保証付です。
なぜなら、文部科学省の中間評価で最高の「S」評価を得ました。
 
 
4 高い研究レベル
 
有機材料、高分子系では国内トップクラスです。というか、トップです。
極めて高いレベルの学術論文を発表しているHigly Cited Researchersに3年連続で選ばれている研究者がいます。私ですけど。
実は、研究は一人ではできません。学内の他の教員とのコラボがほとんどです。
しかも、優秀な学生がいないと高いレベルの研究はできません。
山形大学工学部の有機、高分子系の教員レベル、学生レベルは極めて高いです。
 
現在実施中の大型プロジェクトCOI(センターオブイノベーション)では、多くの企業が参加し、 極めて高い評価を得ています。
これも研究レベルの高さを表しています。
 
 
5 潰れません
 
地方国立大の中には交付金削減で潰れかかってる大学があります。
嘘のような話ですが、ホントです。
 
なぜなら減らされた交付金の穴埋めをするために、定年で教授が退職しても新任の若手教員を補充することがありません。
そんな大学は活力がどんどん低下して、いずれ潰れるかもしれません。
偏差値が低くてもそんな大学に入っても、活気がなくておもしろくなく、モチベーションは下がるでしょう。
 
やめましょうね。
 
 
 
 
最後に、
 
いまや、大学は名前で選ぶ時代ではありません。
考えてみてください、
 
外国から見た場合、
 
山形大も、
旧帝國大学の
◯◯ 大も、
×× 大も、
 
単なる東洋の島国の大学にすぎません。
そうです、はっきり言って世界的には無名です。
 
たぶん、
東京大、
京都大、
名古屋大、
くらいはノーベル賞効果でいい大学と名前はとおってるでしょう。
けど、その他の大学は、
どれも同じです。
 
 
国際社会ででは、研究者は自分の名前で仕事をしています。
大学の名前、肩書きなんて、まったく関係ありません。
 
ですから、山形大学工学部の高分子・有機材料工学科に進学して、一生懸命勉学に励み、世界に通用する研究者、技術者になれば、皆さんの将来は明るいです。
 
 
以上、
 
 
山形大学工学部
高分子・有機材料工学科
 
 
を選ぶ、5つの理由です。
 
 
 
 
 
 
 
 
さあ、この国を地方大学から元気にしましょう。

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2017年1月15日 (日)

願書

 
 
 

 

 

きょう、センター試験が無事終わりました。

娘は手応えがあったらしく、ひとまず安心です。

明日、学校で答え合わせをするそうです。

 

このセンター試験、

大雪の日に開催することも含めて、

いろんな意見が出てますが、

私は個人的に、この試験は、

 

 

 

やめた方がいい

 

 

 

と思います。

この試験の二日間のために、どれだけの経済損失があるか、

どなたか、計算して欲しい。

 

国立大の入試そのものを、以前のように一期校と二期校に分類して、別の日に実施して欲しい。

そうすれば、国立大を二度受験できるし、

地方大学にも個性的な学生を集めることができます。

いまの入試制度は、

とにかく、

 

 

 

 

 

 

最悪です。

 

 

 

 

で、

次は私学の受験ということで、何十年かぶりに大学受験申し込みの手続きをしました。

以前は、確か封筒に入っている願書書類一式を取り寄せて、必要事項を記入して、郵便局とか銀行で受験料を振り込んだりして、けっこう面倒だったのを覚えてます。

 

 

それが今や、ネット。

当然かもしれませんが、ちょっとびっくりです。

 

 

大学の入試サイトで必要事項を入力し、行きたい学科をクリックして、証明写真もスマホの写真をデジタルで入力して(慶応大学の場合)、クレジットカードで受験料を支払って、

それをプリントアウトして、調査書といっしょに大学に送る。

 

いやあ、楽々。

アマゾンで買い物してる感覚。  

 

ちなみに、受験料、

早稲田、慶応はそれぞれ35000円。

 

 

ええ商売ですね。

 

 

他の大学もそうなんでしょうか。  

旅費も考えると受験にはお金がかかります。

親は大変です。

娘はすでに一人で東京に行けるのを楽しみにしています。

 

 

で、

そのクレジットカード支払い。

 

 

早稲田の入試なんで、Waseda Cardで支払ったら一割引かと思ったらそうでもなくて、まあ、ちょっとくらいなら点数低くても合格させてくれるかも知れないとの甘い期待で番号入力。

 

けど、慶応の場合は逆に点数引かれたりするのかもしれないなあと思いながら手続きしました。

慶応の入試担当者の皆様、そんなことないですよね。

 

 

 

さあ、予選は終わりました。

これから決勝戦の始まりです。

 

 

 

 

 
 
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ブルーノート

 
 
 

 
 
 
今朝、雪の中、センター試験に娘を送り出し、
 
除雪機を動かして雪を飛ばし、
 
ランチは大学近くのブルーノートへ。
 
日曜日だし、
大雪だし、
お客さんは少ないだろうと思ったら、
 
 
 
娘の通う米沢興譲館高校の先生方が十数名おられた。
 
 
 
お疲れ様ですと声がけさせていただいて、
大好きなナポリタンを注文した。
 
 
 
娘によると、先生方が会場の山形大学の正門に朝から並ばれて、
受験生たちを激励されてるそう。
 
それにとっても勇気付けられると聞いていたので、
先生方には感謝。
 
 
 
お休みのところ、
しかも大雪の中、
生徒のために、
 
 
有難うございます。
 
 
二次試験も頑張ります!
 
 
 
 
 
 
 
 
さあ、この国を地方から元気にしましょう。

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2017年1月14日 (土)

かまくら

 
 
 

 
 
 
その昔、
 
小学校の頃でしょうか、
大阪の東大阪で生まれ育った私には、
ささやかな夢がありました。
 
 
それは、
社会の教科書で見た「かまくら」を作ることです。
 
確か、秋田県だったと思います。
子供達が遊んでいる写真が載ってました。  
 
 
今、
その夢が叶って、
 
 
 
 
 
 
 
うれしいやら、
 
 
 
 
 
 
 
悲しいやら。
 
 
 
 
 
 
 
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お守り

 
 
 

 
 
 
きょうはセンター試験です。
 
 
大雪が予想されてましたけど、
雪は降ってるもののたいしたことはありません。
 
 
いつもより少し早めに起きて、
 
いつものように仏壇に御詣りして、
 
いつものように神棚にも御詣りして、
 
 
娘は会場に向かいました。
親としてできるだけのことはしました。
 
 
 
 
あとは、
 
 
 
 
 
 
神のみぞ知る。
 
 
 
 
 
 
 

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2017年1月13日 (金)

のぼり

 
 
 

 

 

今朝、娘を高校に車で送ったときのこと、

構内には多くののぼりが立ててあるのを見つけました。

 

 

 

己を磨き誠を尽くす。

 

 

 

すばらしいですね。

伝統ある米沢興譲館高校らしいです。

 

 

興譲の精神

1 自他の生命を尊重する精神

2 己を磨き、誠を尽くす精神

3 世のために尽くす精神

 

 

いつまでも忘れないで欲しいと思います。

 

受験生の皆さん、自分自身を信じて、

実力を出し切ってください。   

 

 

 

 
さあ、この国を地方から元気にしましょう。

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秘書

 

 

 

 

 

 

私にはささやかな夢がありました。

 

 

助手のころ、

いつの日にか大教授になって、

美人秘書を雇って、

その秘書がコーヒーを煎れてくれることです。

 

 

今朝も秘書さんが煎れてくれたコーヒーを飲みながら、

駆け出しの助手の頃を思い出しました。

 

 

まだ大教授ではありませんが、

3人の秘書さんたちがいて、

しかもみんな美人で、

しかも気が利きます。

 

 

ささやかな夢の一部ですが、

実現したことに感謝しながら雪景色を眺めています。  

 

 

 

 

 

 

 

って言ったら、毎朝コーヒー煎れてくれるかな。

 

 
 
 
さあ、この国を地方から元気にしましょう。

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2017年1月12日 (木)

新詳日本史

 

 

 
 
 
センター試験が今週末に実施されます。
 
うちの娘にとっては初めての受験で、なんやらソワソワしています。
受験科目の中でも日本史が苦手らしく、最近ではご飯の時でも日本史の教科書、参考書を手放しません。
昨夜も蘇我馬子(そがのうまこ)が夢に出てきたそうです。
 
そこで、いつも日本史のツボを教えてあげます。
 
 
 
たとえば、先週末の夕食の時、
 
 
 
ワタシ 「いい国つくろう鎌倉幕府、知ってるか?」
 
ムスメ 「ちがうよ、パパ。1185年だよ。」
 
ワタシ「なんやそれ、いつからの話や。 聞いてないぞ。だいたいそんな細かいこと気にせんでええ。時代の背景さえ覚えといたらええねん。」
 
ムスメ 「・・・ 」
 
 
 
ワタシ「仁徳天皇陵知ってるか?」
 
ムスメ 「知らない。」
 
ワタシ 「そりゃあかんわ、0点や。大阪の堺にあるでっかい古墳や。前方後円墳って言うんやで。」
 
ムスメ 「パパ、それって大仙陵古墳っていうんだよ。」
 
ワタシ 「なんやそれ、いつからの話や。仁徳天皇陵でも正解やから。細かいこと気にせんでええ。 」
 
ムスメ 「・・・ 」
 
 
 
ワタシ 「夏目漱石の代表作は?」
 
ムスメ 「吾輩は猫である。」
 
ワタシ 「それと?」
 
ムスメ 「坊っちゃん。」
 
ワタシ 「それと?」
 
ムスメ 「う〜ん。」
 
ワタシ 「お嬢ちゃん、や。」
 
ムスメ 「ええ、ほんと〜?」
 
ワタシ 「あんなあ、漱石が坊っちゃんが売れたんで、悪のりして続編として書いたんや。売れへんかったから、みんな知らんねん。覚えとき。」
 
ムスメ 「・・・ 」
 
 
 
 
 
日本史、大丈夫かなあ。
 
 
 
 
 
注) よい子の皆さん、漱石は「お嬢ちゃん」なんて小説書いてませんからね。
 
 
 
さあ、この国を地方から元気にしましょう。

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一昨日の朝、

 

  
 
  

今年は暖冬、

 

と言ってたら、

 

神様が怒った。

 
 
 
今朝、
  

 

 

これでこそ、米沢の冬や!

 

 

 

 

 
さあ、この国を地方から元気にしましょう。

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人間ドック

  
 
 
さっき、人間ドックが終わりました。

ガンマGTPは37でした。
 
 

けど、

お医者さんに言われました。
 
   
 
 
 
 
 
 
「30キロ痩せてください。」
 
 
 


 
 
 
 
 
 

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2017年1月11日 (水)

暖冬

 
 
 

     
 
 
昨日の朝、娘を高校まで車で送りました。
 
冬以外はチャリンコで通っているのですが、凍結した道路でのチャリはとても危険なので、送り迎えが必要です。
 
ところがこの冬は雪がありません。
いわゆる暖冬です。
 
実は去年も暖冬で雪がありませんでした。
いつもなら、この時期はこの道路も雪で見えないし、まわりの田んぼも真っ白です。
一般市民は雪がなくて大喜びです。  
 
 
だから、
冬が近づくと、米沢の人たちは予想を始めます。
雪が多いか少ないか。
 
何を隠そう、この私。
予想しました。
予言と言ってもいいかもしれません。
 
 
  
 
 
 
この冬は暖冬である、
と。
 
もちろん当たりです。
    
   
   
 
 
 
カマキリが卵を上の方に産み付けるとか、カメムシが大量発生したから大雪になるとか、
昆虫の予知能力に頼った雪情報はまことしやかに伝えられています。 
そんな昆虫頼みも最近の異常気象ではまったく当たりません。
 
 
では、私の予報がなぜ当たったのでしょうか。
 
 
それは、いつも冬が近づくと、
 
「この冬は暖冬だ。」
 
と言ってるからです。  
だから暖冬の年には予想がみごとに的中します。
 
 
なぜ、
暖冬だと言い切れるのでしょうか。
それは、物事をポジティブに考えるからです。
 
早い時は11月の下旬から雪が降り出し、遅い時は3月の下旬でも降ったりします。
ですから、米沢の多くの人たちは、冬が憂鬱で仕方ないのです。
 
11月になると、雪の話題を口にして、早い人はこのころから憂鬱になります。
ということは、1年間の半年近くをうつな気分で過ごされてるわけです。
 
けど、ポジティブに考えてみてください。
暖冬だと、しょせん大雪が降っても1月の中旬から2月の中旬の1ヶ月。
何度か雪かきして終わりです。
スキーができるというプラス面も考慮すると、1ヶ月の雪の中の生活も悪くありません。
 
 
だから、ネガティブに考えるのと、ポジティブに考えるのではまったく異なった人生を歩むことになるわけです。 
人生の3分の1以上をうつな気持ちで暮らすのか、全人生を余裕で楽しむのか、気持ちの持ちよう次第です。  
 
雪が降ろうが降ろまいが、降る時には降るわけで、その時には諦めて我慢する。
春の来ない冬はありません。
心配して雪が少なくなるのなら、みんなで心配しましょうね、ということになるのですが、決してそういうわけには行きませんね。
 
 
 
だったら、ポジティブに考えませんか?
実は、これは雪の話だけではありません。
 
これから大学受験や高校受験、そして就職活動、人生の分かれ道に直面する人たちが多くおられると思います。
 
もし、希望通りの道に進めなかったとしても、くよくよ思い悩む必要はないのです。
なんらかの理由があって、その道を進むことになったのだと、神が導いてくれたのだと、ポジティブに考えて胸を張っていきましょうよ。
そうすると、見えてくるものがあるのです。
 
 
ポジティブな方が絶対に人生楽しめるから。
 
 
 
 
 
 
さあ、この国を地方から元気にしましょう。

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2017年1月10日 (火)

博士

 
 
 

 
 
 
男児の夢の第二位が学者・博士だということなので、その夢の叶え方をこっそり公開します。 
息子さんがおられるお父さん、お母さん、ぜひ教えてあげてくださいね。
 
 
 
きょうは、まず博士から。
 
 
 
実はいたって簡単なんです。
 
まず高校は比較的進学校に入学させてください。
比較的というのは県内一でなくても大丈夫ということです。
ですから、中学では部活をやりながらでも、授業についていければ十分でしょう。
 
大学は学費が安い地方国公立大学の工学部を目指してください。
中でも、人気のない学科がいいですね。
倍率が低くて入りやすいからです。
単位はきちんと授業に出席してれば取れるでしょう。
日本の大学は入りやすくて出やすいのが特徴ですから、試験で60点に満たなくてもやさしい先生ならレポート提出で「可」をくれるかもしれません。
 
4年になると研究室配属があって、卒業論文作成のために実験を行います。
ここでも、楽な研究室なら、昼から研究室に出て、午後5時には帰宅できるのでバイトもできます。4年の秋からちょこちょこっと実験して薄っぺらい卒論を書いて終わる研究室もありますのでチェックしてください。
 
 
大学院ですが、まずは修士課程です。
 
人気のない専攻は、修士の定員を満たしてない場合が多いので、卒論の担当教員に修士に進学したい旨伝えると、喜んで受け入れてくれるでしょう。 
この場合、大学院の入試がありますが、きちんと学部の講義で単位を取得し、そこそこの成績だったら入試も難しくは感じないと思います。
 
実際、これまでの経験から、大学院の入試で落ちる学生は、そうとう勉強しなかったアホ学生です。社会にまだ出たくないから修士でもう二年間遊ぼうという輩も多いです。
成績がよければ推薦入試もあるので、筆記試験のない面接だけなのケースも多いので、この場合、ますます進学は簡単です。
 
修士でも指導教員次第では、2年間必死で研究に打ち込まなくても、修士号をくれます。それこそ、バイト三昧でも指導教員がやる気のない研究能力のない教員なら、めんどくさいので何にも言いません。修士なら学術論文を発表する必要もありませんし。
ただし、そんな楽々研究室は、ほとんどがクズ学生の掃き溜めのような研究室ですから、博士課程進学のモチベーションが下がるかもしれないので要注意です。
 
 
で、
肝心の博士課程ですが、文科省が大学院重点化で全国的に定員が増えてしまって、それこそ定員を満たさず、文科省からお叱りを受けてる専攻がたくさんあると思います。そういう専攻にとっては、博士課程の学生はお客様です。
ですから、修士修了の際に、定員の充足率をチェックして、担当教員に博士課程に進学するといえば、手放しで喜んで受け入れてくれるでしょう。
 
もし、担当教員がクズ教授で、めんどくさがって、受け入れを拒むのであれば、隣の研究室に行きましょう。そこもガラ空きで、担当教員はそのことを少しでも恥じていれば、受け入れてくれますね。
 
 
博士号をもらうには、
専攻にもよりますが、実験をして学術論文の2〜3報も発表して博士論文を執筆して公聴会をこなすだけです。 
修了まで標準的には3年かかりますから、3年間で2報程度の論文すら書けない学生というのは、戦車のプラモデルを作れない小学生みたいなもんですから、ほとんどいないと思います。
 
楽勝でしょう。
 
 
 
以上、手っ取り早く博士になる方法です。
この国では博士になろうと思えば、誰でもなれます。
これを「夢」とするにはあまりにも志が低すぎるというのをご理解いただきたいです。
 
 
しかし、
 
 
上記のようなルートで博士を取得しても、それは最低レベルの使えない博士クンであって、
 
まともな研究ができず、
 
したがって就職先もなく、
 
プロジェクトを転々とする流浪の旅を一生続けなくてはなりません。
 
 
 
そんな博士クン、この国にはいっぱいいます。
実は問題になってます。  
 
 
 
ですから、博士になるなら必死で努力して、経験を積んで、創造力を鍛えて、崖の下から這い上がり、超一流、ノーベル賞級、すくなくとも一流の研究者にならなければ意味がないということをお伝えいただければ有難いです。
 
手っ取り早く、確実に、そんな博士になりたければ、山形大学工学部高分子・有機材料工学科に進学して、必死で勉強して城戸研究室に配属されることです。
 
 
博士になった息子さんの未来は明るいでしょう。
 
 
 
 
 
 
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2017年1月 9日 (月)

パデュー大学

 
 
 
第一生命保険のアンケート調査によると、男児の夢の第2位が学者、博士だそうです。
ということは、ノーベル賞というのは夢の夢でしょうか。
 
 
 
 
 
 
昨年の11月下旬、インディアナ州のパデュー大学を訪問しました。
 
典型的な中西部の小さな町ウェストラファイエットにある大学で、
そこは東や西の海岸部の大都市とは違い、遊ぶ場所も少なくて、学生たちは勉学に励むしかないようなところです。
その環境は、米沢の山形大学工学部に似てますね。
 
 
 
 
 
 
そこに、うちのリーディング大学院プログラム博士課程のワタナベ君が留学しています。
未来の博士です。
4月から行ったので、約半年経ってるでしょうか。
食べ物が合うか、他の学生とコミュニケーションが取れてるかどうか、少し心配でしたが元気そうで安心しました。
 
 
 

      
     
   
ボストンでの学会の帰りに学生たちと立ち寄ったのですが、実は立ち寄るという気軽なもんじゃなくて、シカゴからタクシーで片道2時間半はかかったでしょうか、 結構不便な場所でした。

    
 
ご存知かもしれませんが、この大学には現役の日本人ノーベル賞受賞者がおられます。
根岸英一先生です。 

        
 
 
 
 
 
あいにく、ご本人はご不在で挨拶できなかったんですが、さすがにノーベル賞受賞者のいる大学です。研究棟内はアカデミックな匂いが充満しています。      
 
 
 
 
 
 
たとえば、
スタバの出店がありましたが、Catalyst Cafeと名付けられ、その周りには多くの学生たちが、もくもくと宿題とか、課題に取り組んでいるのです。 
 
 
       

    
       

      
 
 
こういう雰囲気が大学として理想的だと思っていて、私がセンター長を務める山形大学有機材料システムフロンティアセンターの2階にはとっても広いラウンジがあるのですが、まだまだこのような雰囲気にはなってないのが実情です。   
 
 
実は、
パデュー大学には根岸先生以前にもノーベル化学賞を受賞した先生がおられました。
それはH. C. Brown教授で、もうお亡くなりになられましたが、根岸先生はBrown先生の研究室で博士研究員として研究され、すばらしい業績を残されて、いまはBrown研究室のあとを継いでおられるのです。
 
Brown先生としては教育者としても弟子がノーベル賞を受賞して感無量でしょうね。
 
 
 

        
        

      
    
     
そのBrown先生、
私とも関係があるのをご存知ですか?
実は私の恩師の恩師なのです。
 
いまはニューヨーク大学の工学部となりましたが、私が入学した当時はPolytechnic Institute of New Yorkと言って、その前はPolytechnic Institute of Brooklyn(通称Brooklyn Poly) という名称でした。
 
そこでたいへんお世話になった博士論文の指導教授であり恩師であるYoshi Okamoto教授は、それは昔々、70数十年前にアメリカに渡られ、パデュー大学のBrown教授のもとで博士号を取得されたのです。 
Brown-Okamotoの式を発表されました。
 
 
その後に、MITでの博士研究員を経て、New York大学(NYU)へ、そしてBrooklyn Polyへと移籍され、最近Brooklyn PolyがNYUの工学部として併合され、NYUの籍となられたわけです。
 
 
ということで、
私がニューヨークにいたころ、 Okamoto先生からBrown先生のエピソード、当時のパデューでの生活のこと、何度も何度も聞かされ、パデュー大学を行ったことのない生まれ故郷というか科学者としてのルーツのように感じていて、いつかは訪ねてみたいと思っていました。
 
 
     

 

 

 

 

だから、

 

ワタナベ君がお世話になっている先生を表敬訪問して、ディスカッションして、大学や研究室を見学するというよりは、当時からあまり変わってないだろうキャンパスや建屋などを、見て、触り、匂いを嗅いで、敬愛するOkamoto先生の足跡の一部、すなわち自分自身の科学者としてのルーツを感じるために行ったのです。

 

そんなパデュー大学に自分の学生が留学していることに対する不思議さというか、なにかしらご縁のようなものを感じざるを得なくて、パデューを選んでくれたワタナベ君にも感謝したいと思いました。

 

 

いつも研究室の学生に言うことがあります。

あなた方は、ノーベル賞受賞者の、直系の弟子の弟子の弟子です。

おまけですが、あなた方の師匠(私です)の博士論文の副査の一人はH. Morawetz教授で、その先生の先生をたどっていくと、ケクレにまでたどり着きます。

ベンゼン環ですよ。

おもしろいAcademic Genealogyですね。

それを継いでくれる科学者を育てたいと思っています。

 

だから、

私の夢は、いつの日にかこの手でノーベル賞受賞者を生み出すことなのです。

 

 

 

 
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2017年1月 8日 (日)

未来の家

  
     

ここのところ、有機EL大型テレビが注目されてます。

有機ELは画質が究極の美しさで、しかも薄くて、それに大きくできるし、価格も液晶より安くなるしということで、いいことづくめなんだけど、それは少し先の話。

 

いまは、まだ液晶よりちょっと高くて、大きさも60〜70インチ程度と従来の液晶と同じ。

 

けど、いま、山形大のCenter of Innovation (COI)プロジェクトで開発してるのは、120インチの壁紙有機ELディスプレイ、しかも印刷で製造できるので価格はいまの60インチ並みか、それ以下。

ホントの究極ですね。 

 

で、
 
 
そんな壁紙がお家にあると、何ができるのか、いまから体験して考えましょう、というのが山形大学スマート未来ハウス。
      
 
 
 
 
 
自宅リビングに大学の教室が現れて、学生が映る。

それに向かって講義する。

山形にいながら、東京の大学で講義をする。
山形にいながら、東京の大学の講義を聴く。

まあ、いろいろ仕事に使えますね。

 
 
外は大雪の米沢にいても、
大きな窓の向こうにはカリフォルニアの海。
癒し空間にもなります。
 
 
  

 
 
 
そして、
安心、安全、美味しい野菜は自宅ダイングルームで。
     
  

 
 
 
そんな近未来をぜひ体験しに来てください。
近大じゃなく、
山大です。
 
 
冬季の間は休館なので、
また来春。
 
 
 
 
 
 
 
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2017年1月 7日 (土)

近畿大

 
 

 
 
生まれ育ったのが東大阪市。
駅でいうと近鉄の長瀬。
別の名を「近畿大学前」
 
中学の時、
チャリンコで商店街に毎日のように遊びに行きました。
学園祭でキャンディーズが来た時にニシカワ君と見に行きました。
 
 
 
そんな、近畿大学、
かつては、ポンキンカンと呼ばれてたんです。
 
 
 
けど、今や、
 
 
 
早慶近、
 
 
 
やて。
 
 
 
 
早稲田大学卒業生として言いたい。
 
 
 
調子に乗んな!
 
 
 
 
 
 
 
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2017年1月 6日 (金)

日本史

 
 
 

 
 
うちに受験生がいます。
職業柄、けっこう試験科目とかについて話をします。
 
 
一昨日のこと、
日本史の話になりました。
 
 
で、
わたし、
質問しました。
 
 
 
ワタシ 「柿本人麻呂って、何を考案した人か知ってるか?」
 
 
娘 「知らな〜い。」
 
 
ワタシ 「柿の葉寿司や。」
 
 
娘 「ええ〜、知らなかった。」
 
 
 
素直な娘ですわ。 
 
 
 
 
 
 
さあ、この国を地方から元気にしましょう。

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2017年1月 5日 (木)

お年玉

 
 

 
 
昔々のワタシ、
 
小学校の頃はプラモデルばかり作ってたし、
中学になったら週末にはムライ君と魚釣りばかり行ってたので、
いつもお小遣いをせびってたような気がする。
 
だから、ノートやボールペンを買う時に、たとえば2000円もらって、800円のお釣りを返さないとか、よくやった。
 
だから、
正月に親戚のオジさんやオバさんが来てお年玉をくれるととっても嬉しくて、
おせち料理は嫌いだったけど、お正月は楽しみだった。
 
 
 
時は流れて今年の元日。
 
 
 
前夜に財布から1万円札を抜き出してポチ袋に入れて、
娘にお年玉をあげました。  
 
さぞかし喜ぶと思いきや、
 
 
ニコッと一言、ありがとう。
 
 
そして、
 
 
預かっといて。
と、差し出した。
 
 
1万円札が、もとあった財布に戻って行きました。
 
 
嗚呼、
 
あの頃のバナナを与えられた猿のようなオレとは大違い。
 
 
なんて、いい子なんだろうね。
間違いなく、オレの遺伝子じゃないよ。
 
 
 
このままスクスク育ってくれたらいいんだけど。
 
 
 
 
 
 
 
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異業種の交流

 
 
(写真: 昨年の異業種交流会)
Img_4229
 
 
蛸壺のタコは大きくなりません。
大学のような比較的中立な立場から、いろんな業界を眺めていると、こんなタコが多いのに驚きます。
 
ここ米沢でも、地域を活性化しようと頑張っている人たちが多いですけど、やってることといえばこれまでどおり、お仲間が集まって知恵を出し合う程度。
もうとっくに煮詰まってるはずです。
 
 
今やるべきは、異業種との交流。
 
1+1を2じゃなくて、3とか4に。
 
温泉組合なら、旦那衆ばかり集まるんじゃなくて、農家さんやその他の産業界の皆さんと知恵を出し合いませんか?
電機工業会なら、それを作る装置メーカーさんや素材メーカーさんと。
 
 
そんなことで始めた高分子学会有機EL研究会の異業種交流会。
いまは有機エレクトロニクス研究会となっての異業種交流会。
すでに両方合わせて10回以上、ここ米沢で開催しています。
 
ことしは、3月9日(木)。
特に、この分野でアピールしたい会社、団体さんにとっては絶好のチャンスです。
ショートプレゼンや、パネル展示、まだ空きがあるので、いますぐお申し込みを。
最終締め切りは、1月31日です。
 
 
 
以下、学会からのお知らせ:
 
 
各 位
 
                公益社団法人高分子学会
              有機エレクトロニクス研究会
 
拝啓 時下益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。
さて、本研究会では下記の研究会を開催いたします。
有機エレクトロニクス分野(有機EL、有機太陽電池、有機トランジスタ、蓄電デバイスなど)では、パネルメーカーをはじめ、材料、周辺材料、製造装置、検査装置メーカー
など、多くの業種の企業が関わっておられます。これまでなかなか一堂に会する機会がなく、異業種企業間での情報交換の場がありませんでした。すでに、有機エレクトロニ
クス研究会では企業間の交流を深めるため、異業種交流会を過去開催し、関連企業約30社に5分程度のショートプレゼンテーションを、その後、約30社にパネル展示していた
だき、その場で名刺交換会を兼ねた交流会を行ってきました。懇親会では毎年200名近い参加があり、好評を博しております。本年も有機エレクトロニクス(有機EL、有機太
陽電池、有機トランジスタ、蓄電デバイスなど)に分野を広げ、第6回異業種交流会を開催します。
自社製品をアピールしたい方、他社動向を調査したい方、商売相手を探しておられる方等、多くの方々の参加をお待ちしております。
 
*ショートプレゼンテーション、パネル展示希望の方は、参加申し込みの際にその有無をお書き添えください(申込締切は12月26日(月))。
ショートプレゼンテーションは参加者の前で企業紹介(5分/1社)を、パネル展示は当方準備のブース(パネルと机を組み合わせたもの)の範囲内を自由に使っていただき、企業紹介をしていただきます。詳細は事務局までお問合せください。なお、ショートプレゼンテーション、パネル展示企業は、運営委員会で調整させていただきます。

                      敬具

              記

  講座名:第6回有機エレクトロニクス研究会異業種交流会
  日 時:平成29年3月9日(木)  13:00〜19:00
  会 場:伝国の杜、上杉城史苑

  ホームページ
 https://www.spsj.or.jp/entry/annaidetail.asp?kaisaino=1205

                         以上
 
 
 
 
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2017年1月 4日 (水)

トドロキくん

 
 

 

 

一昨日の鹿野家で開かれたタコ焼きパーティでみんなでいただいたフルーツケーキ。
いただきものですが、とってもおいしくて、どこのケーキ屋さんかと裏を見ると東京は等々力(とどろき)のお菓子屋さんオーボンヴュータン。  
 
 
で、
思い出したのが轟(トドロキ)くんのこと。
 
 
小学生の時、確か5年生か6年生、
1970年ですね。
 
大阪万博がありました。
 
地元の子供たちは8回行ったとか、10回行ったとか、
とにかく、そこは今まで体験したこともない、見たこともない、ワンダーランドで、
それはそれは、毎週でも行きたいと思ったものでした。
 
 
けど、
小学生のこと、
友達同士では親が許しません。
 
 
そこで、
仲の良かった轟くんと考えました。
 
今週の日曜日な、
うちのオカンには轟くんのお母さんが一緒に行ってくれる、て言うわ、
 
ほんでな、
轟くんはうちのオカンが一緒に行くて言いな。
そしたら二人で行けるやろ。
 
 
素晴らしいアイデアでした。
 
 
 
予定していた日曜日の前日、
土曜日の夜でした。  
 
母が私に聞きました。
 
 
母 「明日、誰と行くって言うた?」
 
 
ワタシ 「轟くんと、お母さんや。」
 
 
と答えると、
 
 
母 「さっき、轟くんとこ、電話したで。」
 
 
ワタシ 「・・・ 」
 
 
親に初めて嘘をついて、
それがバレてたのがわかった瞬間でした。  
 
 
おいしいフルーツケーキをいただきながら、亡き母と轟くんを思い出すなんて。
 
轟くん、何してるやろうなあ。
 
 
 
 
 
 
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2017年1月 3日 (火)

JK

 
 

 
 
押入れを掃除してたら写真が何枚か出てきました。
いまは高三の娘が小学生の時の写真です。
 
あの頃は、そろばんを習っていて、山形県大会で一位になって、東北大会に出場した時のものです。
 
 
 
それをみて娘が言いました。
 
 
 
うわあ、あの頃は足も細かったし、
かわいかったなあ。
 
 
 
それを聞いて、父親として一言。
 
 
 
今もかわいいよ。
 
 
 
あのね、
今の自分をかわいいとか、美人とかで満足してる女性はいません。
女優さんやモデルさんのようなどんな美人でもコンプレックスを持っていて、美容整形したりすることがあるんだから。
 
 
10年経って、今の自分が写ってる写真を見てごらん、
女子高生のあの頃は、かわいかったなあ、と同じことを言うから。
 
 
これって、第三者の目で自分を見られるようになるから。
 
 
今の自分は、冷静には判断できません。
嫌なところしか見えません。
第三者として評価できないんです。
 
 
だから、
10代の自分は20代になって初めて、その可愛らしさに気がつくし、
20代の美しさは、30代になってようやく判断できるようになるし、
30代の魅力は、40代になってわかるでしょう。
 
 
女子高生なんて、化粧なくても輝いてるし、
スカート短くしなくても、愛らしいし、
 
 
もうちょっと、自分に自信を持たなきゃね。
 
 
と、世のオジさんは思うのですよ。
 
 
 
 
 
 
 
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2017年1月 2日 (月)

 
 
きょう、
 
夕刻からのたこ焼パーティのための食材を買いに行くときに、何か買うものある?って聞いたら、
 
明日のハルカ(うちの娘)のお弁当に買ってきて、
 
と言われてメモを渡されたのが、
 
 
これ。
 
 

 
 
うちの娘は猿か。
 
 
 
 
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2017年1月 1日 (日)

有機ELテレビ

 
 
(写真)JOLEDの有機ELディスプレイ試作品

 

 
 
昨年は有機ELが注目された年でした。
 
サムスンやLGがすでに量産し、特にサムスンの中小型フレキシブルディスプレイがギャラクシーなどのスマホやタブレットに搭載され、LGの小型がApple Watchなどスマートウォッチに搭載され普及フェーズに入りました。
 
しかも、
トドメが次のiPhoneでの有機EL搭載発表。
 
中小型ディスプレイの流れが完全に有機ELに変わりました。
今更、この流れに液晶でなんとか対抗するという会社は押し流されるでしょう。
かつてシャープの社長が「液晶の次は液晶」と言ったように。
 
 
大型テレビに関しては、LGがサムスンを一歩も二歩もリードしています。
これは、サムスンが量産に失敗したからです。
大型テレビ用の有機ELパネルと、中小型ではパネルの構造、製造方法が異なります。
それをサムスンは中小型で実績があったばかりに、そのスケールアップで大型を実現しようとしました。
そして失敗しました。
もちろん担当者はクビです。
 
 
LGは、じつは山形大学で開発した白色カラーフィルターマルチフォトン構造をそのまま使っています。
技術に対してストレートに対応されてます。
 
かつてサムスンの副会長にアドバイスしました。
大型は「白色カラーフィルターマルチフォトン構造 」しかありませんよ、と。
でも、部下の意見を採用して結局は失敗です。
 
これまでの経験から、部下の意見しか聞かない社長がいる会社はいづれ取り返しのつかない失敗をします。
 
 
で、
 
日の丸有機ELはどうでしょう。
中小型を製造できるのは、ジャパンディスプレイ(JDI)とシャープ/ホンハイの二社です。
JDIは税金が投入されている国策企業です。
残念ながら地方大学の教授の意見など聞く耳を持ちません。
 
だからと言ってはなんですが、
もう何年も経ちますが、未だに中小型有機ELディスプレイパネルの製造技術が確立していません。
液晶ビジネスの大口顧客のアップルが液晶から有機ELに舵を切りましたから、このままでは液晶の売り上げは激減です。
有機EL待った無しの状況です。
 
 
シャープ/ホンハイの場合、今まで有機ELをないがしろにし過ぎました。
「液晶の次は液晶」でしたからね。
 
iPhone向けに開発を進められてるようですが、ラインが立ち上がっても少なくとも最初の2〜3年は歩留まりは低いでしょうから苦労します。
 
堺ディスプレイプロダクトの大型ディスプレイもポテンシャルは高いのですが、いかに開発にお金をかけて加速するかです。
そして、オールジャパン体制、すなわち装置メーカー、材料メーカー、山形大で挑めば中小型も、大型も早い立ち上がりは期待できます。
ホンハイから来た社長さんにはそうのような考えがあるのでしょうか。
 
 
微妙ですね。
 
 
なぜならホンハイには今まで研究や開発の経験がないからです。
中国の大工場で安く組み立てて儲ける。
そのビジネスモデルを変えることは難しいと思います。
 
 
大型テレビの市場はどうでしょう。  
ご存知かもしれませんが、パナソニックやソニーがLGからパネルを購入し、自社の画像エンジン等を搭載した有機ELテレビを国内で市販すると発表しました。
 
テレビというのはパネル技術とテレビ技術の両方があって、初めて画質の高いテレビとなります。
自動車でもいいエンジンがあっても、足回りや周辺の技術が揃って初めていい自動車になります。
国内のテレビメーカーの画像エンジンはいまだに世界トップクラスです。
ですから、同じLGのパネルを使っても、その上をいく画質が得られるでしょう。
 
いいパネルと、いい画像エンジン、
これは究極のテレビと言ってもいいかもしれません。
 
そんなテレビが今年、国内市場にお目見えです。
最初は高いでしょう。
100万近くするかもしれません。
 
でも、
マニアは買います。
 
私も買います。
 
 
そんな有機EL大型テレビが注目されるのが、
今年です。 
 
 
 
 
明けましておめでとうございます。
 
ことしも有機ELをよろしく。
 
 
 
 
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