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2013年11月 2日 (土)

紫綬褒章

  
 
突然ですが、
報告させていただきます。
この度、紫綬褒章を受章いたしました。
ウソだと思う人はこちらを→Wall Street Journal
 
 
まず感謝です。
 
研究室で頑張ってくれた准教授、助教のスタッフ、卒業生、現役の学生さん、研究員のみなさん。
夜遅くまで、頑張って実験してくれました。
それに、陰で支えてくれた秘書さんたち。
今回の褒章はみなさんの血と汗と涙の結晶です。
ありがとう。
 
共同研究企業、研究者のみなさん。
大学の研究だけでは実用化はできません。
世界初、世界一を目指していっしょに頑張っていただきました。
有り難うございました。
 
山形大学工学部でご支援、ご指導いただいた先生方、特に助手として採用していただき着任したときに、好きな研究していいよと、有機ELの研究に没頭できる機会を与えていただいた講座の担当教授であった長井勝利先生、同じ高分子系の教授で、研究費の取り方とか学生との接し方など、大学教員としてのいろはをご教授いただいた小山清人先生、ミスをしてしょげてたときに飲みに連れて行っていただいた米竹孝一郎先生、研究者のお手本を見せていただいた上田充先生、装置がなくて素子が作れなかった時に蒸着機を貸していただいた奥山克郎先生、他にもたくさんの先生方にご指導いただき、育てていただきました。
また、研究環境を整備いただいたということで、山形大学の結城章夫学長は私にとって恩人です。
 
もし、山形大に来なければ今の私はなかったです。
有り難うございます。
 
 
お世話になった先生と言えば、九州大学の齋藤省吾先生、大阪大学の横山正明先生に感謝いたします。齋藤先生は有機ELの先駆者であるばかりでなく、心の師匠でもあり、研究者とはかくあるべきと言うご立派な姿勢、態度を学ばせていただきました。尊敬する大学教授のお一人です。
また、横山先生には有機半導体の本質についてご指導いただきました。現在では 横山先生には有機ELばかりでなく、ゴルフでもご指導いただいております。
 
 
もちろん、
恩師の先生方には足を向けて寝ておりません。
学部でご指導いただきました早稲田大学理工学部応用化学科の土田英俊先生、西出宏之先生。私は土田研究室での卒業研究をとおして、機能性高分子、有機物質のおもしろさを知り、研究者として目覚めました。西出先生には今でも公私ともにご指導、アドバイスいただいております。
感謝感謝です。
 
そして、
大学院博士過程でご指導いただきましたニューヨークポリテクニック大学のYoshi Okamoto先生。
恩師中の恩師であり、仲人であり、敬愛する大学教授。
あのニューヨークでの5年間が私を変えました。
生まれ変わりました。
突然変異しました。
今の私は先生のご指導なくしてはあり得ません。
ほんとうに有り難うございました。
 
 
山形大学工学部を有機ELの拠点として設備を充実させ、研究を一気に加速できたのは、5年間の経済産業省、NEDO「高効率有機デバイスの開発」プロジェクトのおかげです。
経済産業省情報通信機器課、NEDO電子・情報技術開発部の担当者の皆様、当時はわがままなプロジェクトリーダーでご迷惑をおかけしたことと思いますが、皆様のおかげで有機ELディスプレイの大型化にめどをつけることができました。あとは、この手で国内で量産まで持っていきたいと考えておりますので、ご支援よろしくお願いいたします。
 
白色有機ELに関しましては、NEDO省エネルギー技術開発部の支援がなければ実現しなかったと思います。「有機EL照明プロジェクト」先導研究から始まり、実用化、実証化と9年間、厚いご支援をいただきました。
有り難うございました。
経済産業省と言えば、東北経済産業局のご支援にも感謝です。
常にきめ細やかなご支援をいただきました。
これからも東北地方の活性化に微力ながら貢献させていただきます。
 
文部科学省には、日本学術振興会から助手着任当時から科学研究費補助金をいただき、有機ELの研究をスタートすることができました。また、光電相互変換第125委員会では、発光素子に関して無機EL、プラズマ、LEDなどの分野の多くの先輩先生方からのご指導をいただき、勉強させていただきました。特に、EL分科会での小林洋志先生、田中省作先生の両先生方のご指導には、感謝しきれないくらいです。
 
また、文部科学省には科学技術振興機構JSTからご支援をいただいております。
中でも、当時の北澤宏一理事長御発案の地域卓越研究者結集プロジェクトを御採択いただき、山形大学に時任静士教授を含め多くの卓越した研究者のみなさんに集まっていただくことができました。北澤先生のおかげで、山形大学が名実共に有機エレクトロニクスの研究開発拠点になりました。
心の底から感謝いたします。
 
 
 
大阪に生まれ、
東京の大学に進学し、
ニューヨークで学位を取得したあとに来た山形県米沢市。
最初は、その田舎ぶりにビックリし、驚き、仰天しましたが、都会と田舎の差が新鮮で、とくにこの豊かな自然に囲まれた生活を体験すると、今では二度と都会には戻れない身体になってしまいました。
 
そんな山形県米沢市。 
山形県庁が私の提案した山形有機エレクトロニクスバレー構想を受け入れ、地方自治体としては異例の大型研究開発プロジェクトを立ち上げていただき、有機エレクトロニクス研究所を設立していただきました。
当時の高橋和雄知事、野村一芳部長にはその決断に感謝いたします。
有機エレ研での照明用パネル開発が、NEDOの支援を得て順調に進み、ルミオテック社の立ち上げ、パナソニック電工社やNECライティング社でのパネル開発や生産につながり、オーガニックライティング社やタカハタ電子などの県内企業による有機EL照明器具の実用化に結びつきました。
 
今では有機EL照明の普及のため、補助金をつけていただき、県内では多くの場所で有機EL照明を目にする機会が増えました。
感謝です。  
同じく、工学部のある米沢市には常にご支援をいただいております。
大学発ベンチャーをこれからも創出し続けますので、ご支援をお願いいたします。
 
また、地元選出の国会議員、県会議員、市議会議員の皆様、ご支援ありがとうございました。特に、遠藤利明議員、近藤洋介議員には多大なるご支援をいただき、感謝いたします。
 
直接、研究活動には関係ないのですが、仕事の合間の釣りやゴルフにお付き合いいただく釣りバカやゴルフバカの皆様、ありがとうございます。
みなさまのおかげで、ストレス発散でき、人的ネットワークが広がり、さまざまな業界の方々にお付き合いいただけるようにもなりました。
私の財産が増えました。
 
 
感謝の最後に、
 
妻の杏林と、娘の春香へ、
あなたがたの存在が私の生き甲斐です。
あなたがたの笑顔を見るためにがんばりました。
これまでありがとう。 
これからもよろしくね。
 
 
 
最後の最後にお願い。
 
受賞の記者会見で聞かれました。
これまでのご苦労は?と、
 
研究者にとって研究は趣味みたいなもんで、好きでやってます。
有機ELもゴルフも同じです。
だから、実験で徹夜しようが、論文書くのにご飯食べなくても、それは苦労とは思いません。
練習場で600球打つのは苦しくはありません。
 
でも、
研究費をとるのが苦労でした。
そしてそれは今でも続いてます。
 
地方大学の悲しさは、研究予算が取りにくいこと。
文部科学省の研究費の半分は東大に、残りの半分が旧帝国大に、残った予算を地方大で分け合う。
なんてことがまことしやかに言われるほど、地方大学には大型予算が付きません。
しかし、10年前から経済産業省は実を取って山形大に大型プロジェクトの予算を付けてくれました。 
私もその期待に応えました。
 
文部科学省も約5年前にJST北澤理事長の地方大学に研究拠点を形成すると言うアメリカの拠点形成手法を取り入れた地域卓越プロジェクトを立ち上げられ、大型予算が地方大である山形大につきました。
しかし、残念なことに当時の政権により「仕分け」られ、このプロジェクトは一回きりとなり継続されず、しかも本来5年のところ、1年短縮されて4年となってしまいました。 
 
しかも、そのプロジェクトが今年度で終了です。
来年度から予算が付かないと紫綬褒章受賞者とて地方大学にいたんじゃ路頭に迷います。
最近、ドイツのドレスデンにドイツ版の有機エレクトロニクスバレーを作り上げたカール・レオ教授は最高の研究環境を提供してくれるサウジアラビアの大学に転出しかけました。
 
ですから、
正直言いまして、
これを機会に大型の研究予算を付けていただきたいです。
いつもお金の心配しながら研究するのはもう勘弁いただきたいです。
精一杯、研究活動、教育活動に専念したいのです。
 
 
私はいつも思うんです。
文部科学省の大型予算がもっと地方大に配分されれば、もっと地方大で輝く研究者が出るんじゃないかと。
そうすれば、地方大に優秀な研究者が集まり、地域産業の活性化にもつながるし、いいこと尽くめです。
 
そんな日が来るきっかけに、
この度の受賞が少しでも役に立てば幸いです。
 
城戸淳二  
 
 
 

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