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2011年3月

2011年3月31日 (木)

普段の生活

 
 
昨夜は娘のリクエストで幼稚園児が主役のドラマを見せられたんだけど、そのあまりにもひどく稚拙なストーリー展開、明らかな編集ミスによる時間の無駄及び不快感、どれをとっても低コスト短時間制作ブーム便乗ドラマで2時間15分を返せと言いたかった。
 
そんな訳で、ドラマ後半は睡魔が襲って来てブログアップがママならずそのまま寝ちゃいました。
文句があったらテレビ局にどうぞ。
 
 
文句と言えば、ある教授からメールが来て、そのあまりにも稚拙な論理展開と一方的な言いがかりに腹が立って、直接、いかに言ってる事が幼稚園児並みである事を説明してあげようかと思ったけど、そんなヒマがあったら締め切りすぎてる原稿を仕上げた方がいいなあ、と思いとどまった。
 
今度、こんなの送ってきたら人間コアラと呼ばれる管理人もブチ切れるからね。
 
 
で、今夕。
「炭火焼いろり」で仲間と米沢牛をいただいた。
被災地の方々がどのような生活を送っておられるかよく存じ上げるのだけど、被災していない地域でも贅沢を控え、電気を消し、風呂に入らなかったら、お金が回らず不景気一直線である。
だから、買い占めや買い溜めもいけないけど、買い控えも同じくらいよろしくないことだと信じている。
普段の生活ができる人達は普段の生活をする事が景気をよくして国や地方自治体の税収が上がり、それを被災地にまわせると言うものなのだから。
 
 
と、日頃言ってるのにもかかわらず、
 
ここ米沢では5月連休中の「上杉祭り」が秋に延期になった。
JR山形新幹線はあと2〜3週間で復旧するのに。
多くの人達がお祭りの為に全国からおいでいただける米沢でもナンバーワンの集客イベントなのだ。
JR東もガッカリしてるぞ。
 
ご存知の通り、天地人ブームのときはもう結構と言うくらいゲップがでるほど観光客が押し寄せたけど、翌年は龍馬のせいで高知や長崎にとられて観光客数激減。
今年はきっと江姫ブームで関西が盛り上がってここ米沢は原発の風評被害でさらに観光客は激減が予想される。
 
きっぱりと言わしていただくけど、山形と福島の間には吾妻連峰とか2000メートル級の高い山脈が横たわり、放射能レベルは無視できます。
水もきれいで食べ物も安全、ガソリンも満タンにできる。
東北と一言で言っても太平洋側と日本海側ではまったく異なる世界なのですよ。
  
だから風評被害が眼に見えて現れる前に、このきれいな山形を見ていただき、感じていただき、味わっていただくためにも上杉祭りは予定どおり実行すべきと思っていた。
 
 
実は、これは管理人だけじゃなくて多くの人達が同意見で、とくにホテルや外食産業、タクシーその他もろもろ3次産業に関わる人達の思いなのだ。
311以来、とにかく静まり返っている米沢なのだから特に連休は皆の期待だったのにね。
 
 
怒り狂う市議会議員の相田克平氏(愛称、カッペイちゃん)のブログでも炎上しかかってます(ちょっと大げさですけど)。
 
 
とにかく、みなさん、普段の生活に早く戻りましょう。
 
 
 
 
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2011年3月29日 (火)

ガソリンスタンドその後

 
 
きょうの朝、郵便局まで行く途中、いくつかのガソリンスタンドの前を通った。
予想した通り、行列が短くなっている。
中には行列のないスタンドも。
今週末には平常状態に戻ると確信した。
 
で、えげつないスタンドの話。
レギュラーを170円とか190円とかで売り、暴利をむさぼった某スタンド。
人によっては200円を吹っかけていたとか。
 
事情を知る人に聞くと、通常ならば看板にリッターあたりの値段が表示されてるけど、いまはなし。
それをいい事に、従業員が客を見て値段を決めていたそうだ。
そして、警察に通報した客がいて逮捕者まででたとのこと。
 
当然やね。
 
将来的にもし万が一、そのスタンドの前でガス欠になってもそこでは入れませんから。
こんな非常時には、人間性が現れる。
おもしろい経験をさせていただいてると神様には感謝したい。
 
 
 
 
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パナソニック出光OLED照明

 
 
明るいナショナルから明るいニュースです。
ホームページより。
 
どうぞ、
 
・・・・・・
 
パナソニック電工株式会社と出光興産株式会社による
照明用有機 EL パネル事業合弁会社設立のお知らせ
 
 
パナソニック電工株式会社(本社:大阪府門真市 社長:長榮周作 以下 パナソニック 電工)と出光興産株式会社(本社:東京都千代田区 社長:中野和久 以下 出光興産)は、 照明用有機 EL パネルの開発・製造・販売を目的とした合弁会社を設立することを本日決定 しましたので、お知らせします。
 
■合弁会社の設立について
パナソニック電工および出光興産は、照明用有機 EL パネルの合弁会社(以下 新会社) を 2011 年 4 月中旬に設立する予定です。新会社では、両社がこれまで培ってきた設計・ 製造技術および有機 EL 材料開発力をあわせることで照明用有機 EL パネルを開発・製造 します。さらに、高効率で輝度や演色性の優れた高品質の照明用有機 EL パネルを製品と して早期に市場投入し、国内外の照明モジュールメーカーおよび照明器具メーカーに 対して、グローバルに販売します。新会社は、有機 EL 照明の市場開拓と、同市場における 確固たる地位確立に取り組んでいきます。
 
■新会社の概要
名称:パナソニック出光 OLED 照明株式会社 (英文名称 Panasonic Idemitsu OLED Lighting Co.,Ltd.)
所在地:大阪府門真市大字門真 1048 番地
代表者:代表取締役 社長 鎌田策雄
事業概要:照明用有機 EL パネルの製造および販売
資本金等:資本金 1,500 百万円、資本準備金 1,500 百万円
出資比率:パナソニック電工株式会社 51% 出光興産株式会社 49%
設立年月日:2011 年 4 月中旬(予定)
決算期:3月31日
従業員数:10 名(設立時予定)
 
■合弁会社設立の背景と狙い
一般家庭や商業施設で消費される電力エネルギーのうち、照明は、エアコンや冷蔵庫と ともに電力使用量が多く、現在普及している白熱電球や蛍光灯を、エネルギー効率の高い LED や有機 EL を用いた次世代照明に置き換えることにより、省エネルギー化が図れるもの と期待されています。
パナソニックグループは、照明のグローバルメーカーとして、パナソニック株式会社(本社: 大阪府門真市 社長:大坪文雄 以下 パナソニック)およびパナソニック電工において、 光源(ランプ)から照明用デバイス、照明器具までを自社グループ内で生産し、国内外で 販売しています。
パナソニック電工では、住宅向けのほか、商業施設や屋外施設などあらゆる市場に照明 器具を提供するとともに、安定器などの照明用デバイス事業にも取り組んでおり、有機 EL 照明については、LED 照明に続く次世代の照明用光源として、1990 年代後半から技術 開発に取り組んでいます。
出光興産は、1985年に有機EL用発光材料の開発をスタートしました。有機EL関連市場の 拡大を見据え、現在では、ディスプレイおよび照明用途向けに開発から製造・販売を一貫 して行える体制を構築しています。このような体制の下、顧客ニーズに対応しながら、優れた 性能を持つ有機EL材料を国内外に提供しています。
有機EL照明パネル事業に関しては、自社の技術開発力を生かせる事業領域と位置づけ、 進出の検討を続けてきました。
パナソニック電工および出光興産は、2007 年から独立行政法人新エネルギー・産業技術 総合開発機構(NEDO)が公募する委託・助成事業に共同で参画し、照明用有機 EL パネル の技術・商品開発において強いパートナーシップ関係を構築してきました。両社で共同開発 した有機 EL 照明パネルは、輝度や効率といった照明品質の総合力において優れた性能を 有しており、実用化に向けた最終段階に差掛かっています。
今回の有機ELパネル事業の本格展開により、パナソニック電工は、パナソニックグループ の創業100周年ビジョンである「エレクトロニクスNo.1の『環境革新企業』」の実現に向けて さらなる取り組みを加速します。また、出光興産は第3次連結中期経営計画における高機能 材事業の基本戦略である「環境配慮型商品の開発強化」と「グローバル展開による事業 拡大」を本事業の展開を通じて図っていきます。
 
・・・・・・
 
ということです。
さて、どうする東芝。
 
  
 
 
 
 
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2011年3月28日 (月)

手洗い

 
 
きょうも引っ越し準備。
山となった書類を仕分けていると、でてきました。
笹部助教の博士論文。
本人にそのことを言うと照れていた。 
 
午後遅くに来客。
市立病院の北村副院長で乳がん検診のキャンペーンに有機ELをぜひ使用したいとの事。
いろいろと可能性、アイデアをお話しして、夕食会に出かけた。
 
何を隠そう管理人、お医者さんに知り合いが多い。
米沢では外科と言えば堀内先生。
内科と言えば羅先生。
 
北村先生、堀内先生とは先輩後輩の仲だった。
それに福島市の呉竹先生とは福島県立医大の同期。
同じ実験の班だったとの事。
 
加えて県立新庄病院の蘇副院長もご存知とか。
蘇先生に関してはとても医師として優秀で、人格者だと言う事で意見が一致した。
 
 
「旬菜こんどう」での会食後、ワインバー「ともしび」へ。
ここは、「うるわし」と同じオーナーで、「うるわし」は20年来の行きつけのお店。
実は、米沢市内に管理人のサイン入り色紙のある店が三店あって、
「炭火焼いろり」、「居酒屋弁慶」、そして「ともしび」。
どれも助手時代からの行きつけなのだ。
 
 
で、福島原発の話とか、管理人が米沢を代表して右腕を骨折して米沢を救ったのだ、とか、13号線沿いの「万歳の松」様が福島からの放射線を防いでいただいてるだとか、酔っぱらいの話をしていると、常連の方が入って来られて、聞くと、管理人行きつけのエネオスガソリンスタンドの社長とか。
 
赤ワインをちびりちびりやりながら、ガソリンをいかに調達したか、とか、灯油の配給方法とか、苦労話を聞くとこの社長さんはなかなかの人格者だということが判明して、これからもエネオスにも給油に行くのだと決めた。
 
 
で、ガソリンスタンドの大阪的商売法をお話しした。
 
たとえば手洗い洗車。
こちらでは、というか普通は「手洗い洗車」とか、「手洗い洗車します」という看板を掲げるけど、実家近くのガソリンスタンドでは、
 
「手洗い洗車させてください」
 
ですからね。
これを見ると、手洗い洗車して欲しくなるんですよ、とユーザー心理をお話しした。
 
社長曰く、そこまでやってないですね。
  
 
もし米沢でこんな看板見たら、管理人、絶対そこで洗車してもらうからね。
やっぱり商売と言うものいかに客の立場になれるか、だと思う。
 
 
 
  
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2011年3月27日 (日)

よしお君

 
 
ここのところ病院に通院する機会が多い管理人。
娘とこんな話をした。
 
 
あのな、大阪では、「冗談やめてよ!」なんて言う代わりに、「冗談よしお君!」、とか「冗談よし子さん!」って、言うんやでっ。
 
すると、娘、
 
ふ〜ん、
じゃあ、ほんとによし子さんって言う人が、マイケル・ジョーダンと結婚したら、ジョーダン・ヨシコ、になるんじゃないの?
 
そうそう、そうやなあ、その人が病院で会計待ってたら、ジョーダン・ヨシコさんっ、て呼ばれんねん。
そしたら大阪やったら爆笑や。
 
へえ〜、と娘。
 
それで、男の子が生まれてヨシオって名付けたら、ジョーダン・ヨシオや。
大阪でうけるうける! 
 
 
と、言って思い出したのがサカモト・ヨシオさん。
先日、1月16日に65才になられました。
おめでとうございます。
  
これ冗談ではありません。
 
 
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2011年3月26日 (土)

ガソリン

 
 
この一週間を見ていると、列ができているけどオープンしているガソリンスタンドの数が眼に見えて増えて来て、ほぼすべてのスタンドが何らかの形で営業している。
 
これも予想通りで普段通りの生活をしていれば問題ないとの考えは正解だった。
米沢からわざわざ新潟まで入れに行く人がいたもんね。
特に、首都圏でガソリンが売り切れるというのは、間違いなく異常行動を示す日本人が何割りかいるということなのだ。
 
 
米沢での異常な光景と言えば、地震の直後からずっと営業を続けているガソリンスタンドが3軒あって、これらは系列店だけどとにかくその周辺は異常な車の列ができていて交通渋滞の原因となっていた。
 
まあ、それはそれで仕方がないとして、異常なのはその値段。
先週だったか、レギュラーが170円だったのが、最近は190円に値上がりしているとの事。
レギュラーやで。
完全な便乗値上げ。
災害に便乗するなんて、ちょっとなあ。
  
で、管理人。
山形市の山大病院まで走ったり、リハビリに通ったりで、残りのガソリンがメモリ二つになっていた。
そこで、ボチボチ入れるかと朝の9時過ぎに家を出た。
 
一件目、いつも行くエネオス。
長蛇の列、
素通り。
 
つぎ、先週こんどうの親方から教えてもらった穴場。
初めてのお店。
ついてみると5〜6台しか並んでない。
オッ、行けるで、ということで最後尾に。
 
アイドリングはもったいないなあとエンジンストップしても結構すすむのが早い。
結局は5分ほどで、スタンド内へ。
ハイオクは4000円分だけですよ、と言われて、ハイハイいいですよ、と答えて5分。
4000円払ってでた。
 
で、でるときにどれだけ並んでいるのかチェックすると列がない。
で、周囲をもう一周してきてさらに40リットル追加。
満タンになりました。
 
値段はリッター167円。
リーズナブルです。
しかも店員さんは、愛想よく、てきぱきと無駄のない動き、
いっぺんに気に入りました。
 
  
これからも時々行きますね、相田酒店近くのミシュランさん。
 
 
 
 
  
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2011年3月25日 (金)

発掘

 
 
(写真)ササベ助教inドレスデン2009
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職場では新棟への引っ越しの真っ最中に地震が来たもんだから一時中断していた。
しかも業者が被災したと言う事で、今週は自力での引っ越し作業を続けた。
 
で、きょうは管理人のオフィス。
まず書類の仕分けをしたけど、でてくるでてくる不要な古い書類。
書類がうずたかく積まれている光景を見た事ある人は多いと思うけど、改めてチェックするとほとんどがゴミだった。
けど、興味深い書類も多く発掘して、その一つがこれ。
 
笹部助教が城戸研のポスドクに応募したときの書類一式。
なかでも大阪府大の博士指導教員の先生の推薦書がよかった。
封を開けてないので、きっとあのときは推薦書を読んでいない。
というのも、推薦書なんていい事書くに決まってるからね。
 
で、そこには「笹部君はソフトボールでもエースピッチャーで…」という下り。
えええっ、ソフトボールできんの! 
 
ということで、きょうのお疲れさまの飲み会では笹部ピッチャーの話題で盛り上がった。
ことしの野球大会もいただきやね。
 
 
 
 
 
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2011年3月24日 (木)

作業療法士

 
 
午前中、三友堂病院へリハビリに。
実はおととい予約があったんだけど、月曜が祝日だったので曜日を勘違いしてすっぽかしてしまったので、まずは「すいませんでした、私が悪うございました」と謝ったら、美人療法士のこんどうさんはニコニコしていた。 
 
いつもリハビリ中は雑談をするんだけど、きょうは職場のテリトリーについて聞いた。
というのも、これまで観察したところ、広いリハビリルームの中が大きく二つに分けられていて、担当がきちっとわかれているようなのだ。
 
理学療法士なら足でも手でも首でもどこでもリハビリのお手伝いができるので、忙しいときは人が移動して仕事をすると思ってたんだけど、養成学校に入学する段階で専門に分かれ、資格も異なるらしい。
工学部でも学科があるようにね。
 
で、さらに聞くと、こんどうさんは正確には作業療法士で、理学療法士ではないとのこと。
で、さらにおっしゃるには、三友堂病院では腕や肩、手は作業療法士、足や腰は理学療法士の担当と言う事なのだ。
 
いやあ、知らなかったなあ。
 
で、さらにさらに、理学療法士という名称はに理学療法士に比べてかっこいいので、理学療法士の方が人気があるとの事。
 
なるほどなるほど、と同意して、管理人が提案、
じゃあ、作業療法士と言う名称を工学療法士に変更すればいいんですよ。
 
 
ちょっと勉強したきょうのリハビリであった。
 
 
 
 
 
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2011年3月23日 (水)

右上腕骨近位端骨折

 
  
と言うのが正式名称。
そうです管理人の右腕骨折。
 
きょうは手術後45日。
山大付属病院に行って検査。
 
レントゲン撮影の際に長椅子で待っていると、美人看護婦さんが、「城戸先生ですね?」と声を掛けられたので、ちょっとうれしくなって「はい、そうです」と答えると、「佐竹の妹です」とおっしゃった。
サタケと言われても、管理人が知ってるのはバーブ・サタケとヒデヤ・サタケだけで、バーブ・サタケの妹がこんなに若いわけないから、ヒデヤの方だなあ、とわかった。
  
その佐竹の妹さん(確か、枝松さん)と、佐竹はなかなか結婚しないなあ、とか、その同期に小畑とか小林とか独身でロクなのがいないので安心してるんじゃないか、とかお母さんが卓球好きだとか、管理人が助手のときに佐竹らと「居酒屋弁慶」で飲んだくれてるところに行ったことがある、とか四方山話をした。  
 
その弁慶、おととい、行ったばっかりです。
  
 
(写真)佐竹英哉@長井先生囲む会2007です。
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で、検診。
担当の天才整形外科医、村先生はレントゲン写真を見ながら、「直ってますね」とクールに一言。
待ってたんですよ、このお言葉。
できれば、「すごいですね、この回復力!」と付け加えていただきたかったんだけど。 
 
 
今は、どんな感じかと言うと、痛みはないけど腕がすごく重い。
筋肉が落ちてます。
自力で右腕を上げようとするとまるで他人の腕のように抵抗する。
関節でぶつかって可動範囲にも制限がある。 
 
たとえば、
気をつけをして、右に腕を上げていくと、水平にまでは上げられない。
80度くらいか。
前に上げていくと、ちょうど水平まであがる。
でもその位置で止めて、前にならえの姿勢は3秒程度しかできない。
 
ゴルフスイングは9時ー3時はOK。
でもハーフスイングはちょっときつい。
でも、あと一週間でできるかも、という程度。
 
反対側、右手で左腕を洗える。左肩まで触れる。2週間前は無理だったけどね。
   
 
リハビリは三友堂病院へ週に3回。
モミモミ以外に、先週あたりから右腕を引っ張り上げる運動が加わり、前回からセラチューブと言うゴムチューブを使った運動が加わった。
左手で操作するとらくらく伸びるけど、右腕だとつらい。
関節でつっかえる感じがあって痛いのと筋力の弱さによるものだ。
  
けど、毎日と言うか、毎週、可動範囲が広がるのでやりがいがあって、おもしろい。
目標は、連休前にはゴルフのフルスイングができるようになること。
  
 
いまのところ順調である。
 
 
  
 
 
 
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2011年3月22日 (火)

ドイツからのメッセージ

 
 
親愛なる日本の皆様へ、
 
この場をお借りしまして、被災者やそのご友人、ご家族やご親戚の方々、ならびに在独邦人の皆様にもお悔やみを申し上げます。また、この百年に一度と言われる大災害に対するドイツの世論の反応を大変恥ずべきものと考えています。何十万もの人々が家を失い、雪と寒さの中で行方不明の方々に思いを馳せては悲しみに暮れ、また数百万もの日本の方々が放射線の危害に怯えて暮らしています。
 
ひるがえってドイツはといえば、政府が非常事態を宣言しているのです。しかし非常事態なのはむしろドイツ人の頭の中ではないでしょうか?ヨウ素剤や放射能測定器を買いに走る人がいるかと思えば、テレビではぬくぬくと暮らしている視聴者に向かって、まるでこの世の終わりであるかのように煽りたてています。しかし実際に災害現場で起こっていることを考えると、これらは馬鹿にしているとしか映りません。
 
いやらしいことに政治家たちはこの迫りくる核災害をいいことに、党利党略に走っています。同じドイツ人として日本の皆様に申し訳なく思いますが、同盟90/緑の党のクラウディア・ロート党首は、デモ行進の人達の列でわめき散らし、次の選挙には勝ったも同然と内心ほくそ笑んでることでしょう。しかしそれはまだ行方不明のままの犠牲者を冒涜する行為であり、被災者の方々のことがすっぽりと頭から抜け落ちているのです。
 
また、日本の首相から直接情報が上がってこないといって苦言を呈していた大臣がおりました。これについても申し訳なく思います。これだけドイツの世論が敏感になっているのに日本政府が構っている余裕があるとでも思っているのでしょうか。さらにこうしたドイツの恥ずべき姿に拍車をかけたのが日本に向かった救助隊でした。成田空港で迎えが来なかったといって、すぐに引き返してしまったのです。所詮は同情ではなく旅行気分だったのでしょう。メディアも憶測と事実を混同し、はなから「チェルノブイリの再来」を吹聴しています。同業者として恥ずかしく思います。こうしてドイツはパニックに陥り、同情し痛みを分かち合い、被災者の方々のお気持ちに配慮することができなくなってしまっているのです。
 
日本の皆様の冷静沈着さにはつくづく驚かされます。そうかと思えばドイツ国内では狂ったように騒ぎ立てるばかりで、お恥ずかしい限りです。ドイツ人の振る舞いは、まるでしつけの行き届いていない子供の様で、わがままで自己中心的で、はっきりいって無慈悲です。
 
しかしドイツにはそうでない人達がいることも、どうか忘れないで下さい。彼らは沈黙し、想像を絶する痛ましい光景に心を動かされているのです。そして原発の技術者や自衛隊員の方々が我が身を省みず、最悪の事態を食い止めるため、自らの健康やいのちを危険にさらしているその姿勢を目の当たりにして、深い敬意の念を抱いているのです。
 
私達は日本の皆様と心を一つにし、上から目線で語ったり、自分達が正しいなどと言うつもりもありません。まして自然災害にどう立ち向かうべきか教えてやろうなどとは夢にも思いません。皆様とともに謹んで哀悼の意を表したいと思います。
 
ドイツ・Wirtschaftswoche誌 編集長 Roland Tichyより
  
・・・・・・
  
以上、
「ドイツ木組みの家街道」より引用

 

ドイツには友人が多くて、一般の人達はとても日本に対して好意的であり、今回の災害を悲しんでおられます。
結局は、どこの国のマスコミも政治もこんなレベルということでしょうか。
 
なんか嫌だなあ。
 
 
 
 
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2011年3月21日 (月)

普段の生活

 
 
きょうは予定では卒業式。
でも中止になった。
で、城戸研究室では卒業式後の昼食会が予定されていたので、それは中止にせず夜の夕食会に変更した。
 
最初、学生の幹事からどうしますか、と問い合わせがあったので、こう答えた。
 
まずお店に問い合わせてください。そして、もし食材の手配ができないと返事が来たら中止でもいいです。
でも、問題なければ開催します。ただ、卒業式がないのなら昼食会は意味がないので夕食会に変更してください。
 
ということで、今夕は卒業生のお祝い夕食会を金剛閣で行った。
きっとこのお店でもキャンセルが相次いだはずなので、この大口夕食会は助かったはずだ。
 
被災者以外の人達は、普段通りに生活する事、これが復興の第一歩。
食材の買い溜めとか、ガソリンの入れだめとか、こんな異常行動が復興の妨げになる。
 
とにかく普段の生活をしましょうよ、
 
と言いたい。
でないと、災害が大不況を呼んでしまう。 
 
 

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2011年3月20日 (日)

被災者いろいろ

 
 
ここ米沢にも被災者の方々が多く避難されて来て、体育館等で生活を始められた。
知り合いもその支援を行われてるんだけど、聞いた話がこれ。
 
被災者の中には明らかにお金持ちが混ざっていて、高級外車で避難されて来て、そういう人が米沢の対応を避難される。
こういう人達は、本来避難しなくてもいい地域なんだけど、とりあえず避難しておこうか、という余裕のエセ被災者。
こんな人達にボランティア達は辟易としていて、なんとかならないかと言う事なのだ。
 
結局は、だれでも受け入れるんじゃなくて、住所を確認し、避難しなければならない人達だけを公費を用いて支援するべきだと言う事なのだ。
 
エセ被災者はホテルに泊まれ、
 
と言いたい。
きっと米沢だけじゃなく、各地で便乗被災者が問題を起こしていると思うのだ。
 
 
行政、しっかりしろよ!
 
 
  

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2011年3月19日 (土)

 
 
きょうもスーパーへ。
基本的にうちでは買いだめせずに新鮮な食材を毎日買い求める。
まあ、通常は2日分くらいか。
 
で、きょうは変化が大きかった。
元々、米沢のスーパーでは生鮮食料品は地震後も不足してなかったけど、きょうはほぼフル揃え。
牛肉、豚肉、鶏肉、魚、野菜、果物、豆腐、牛乳、その他もろもろ。 
必需品のタマゴもいっぱい。
 
ガソリンスタンドもボチボチ動きがある。 
うちの灯油のタンクにもいつものスタンドからの給油があり80リットルだけど入れてくれた。
  
すべて管理人の読み通り。
一週間で灯りが見える、と言っていたのだ。  
 
 
それにしても、恥ずかしいのは首都圏。
なんで必要もないのにガソリン満タンにするの?
なんでトイレットペーパー買い占めるの?
なんで米まで買い占めてるの?
なんでカップヌードル買いだめしてんの?
なんで牛乳そんなに買ってるの?
 
とにかく、供給不足でもないのに買い溜めして人に迷惑をかける行為が平気で行われている。
恥ずかしくないのか、あなたがた。
首都圏で物資がなくなるはずないでしょ。
 
 
福島原発では、命がけで国の為に戦ってくれてる人達がいる。
なのに一方ではアホが自分の為に物資を買い溜めする。
 
同じ日本人だとは思えない。
  
嗚呼、
  
神様がまた怒るよ。
 
 
  
 
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2011年3月18日 (金)

卒業証書授与

 
 
朝、テレビを見ていると、あの東工大の先生がでていてまた赤いふちの眼鏡をされていた。
あのね、センセ〜、それってどうかと思うんですけど。
  
午後、娘の小学校で卒業証書の授与。
卒業式ではなくて紅白の垂れ幕もなし、来賓もなし、国旗もなし(なんでや?)、簡素化された式だった。
でも、感動は簡素化されず、特に「仰げば尊し」では涙がチョチョ切れそうになった。
 
   
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しかしまあ、原発への対応はひどい。
なんで最初から東北電力の高圧線を引かなかったのか。
つないでからポンプがつぶれてました、これから手配しますじゃあ、マジで怒るからね。
 
なんで警察の放水車を最初に使用したのか。
だいたいシミュレーションすれば距離的に届かないのがわかるはず。
 
なんで最初から東京都の消防部隊に依頼しなかったのか。
石原都知事が嫌いなのはわかるよ。
 
いやまあ、書き出すとなんでなんでといっぱいでて来る。
結論から言うと、官僚のような東電の幹部にはとうてい手に負える代物ではないということ。
 
この戦後国家最大の危機は人災のような気がする。
 
 
 
 
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2011年3月17日 (木)

医療

 
 
きょうは病院通いの日。
 
午前中、まずは気功治療へ。
これで4回目だけど、明らかに効果があるから不思議だ。
バリバリの工学部教授だし、気功と言うもの、興味があったものの切羽詰まった状況になかったので体験した事なかった。
詳細は後日ね。
 
施術終わり次第、三友堂病院へ。
きょうは椎間板ヘルニアのことで診てもらった。
担当の武井先生は山大病院からの派遣で毎週木曜日に来られる。
入院中にも診てもらった。
いろいろ試験してもらって、手術するまでもないのでじっくり直しましょうということになった。
 
お昼は病院の食道でトンカツ定食。
暖かい食事をいただけて有難い。
 
午後は引き続きリハビリ。
美人療法士はリハビリセンター長の穂坂先生に注意されたのか、少々遠慮気味にモミモミされた。
右腕の可動範囲が確実に広まってるけど、さらに広げようとする運動をさせられるので痛い。
完治まであと1ヶ月位か。
   
しかし手術したのが1ヶ月前でよかったと今更ながら思う。
というのも、もし先週だったらガソリン不足の状況で家内は山形市まで通わないといけないし、原発が心配でのんびり点滴打たれて寝てるわけにはいけないし、不幸中の幸いだなあ、と神様に感謝。
 
そんな患者の立場で、被災地では医師不足だろうから医師免許を持っている人はぜひとも現場にかけつけて欲しいと思う。まさか原発が怖くて福島から逃げ出す医師なんていないよなあ。
 
 
夜、テレビを見ていると東京工業大の先生が原発のことでコメントされてたけど、眼鏡の色が黒に変わっていた。この先生、最初に見たときからド派手な赤いふちの眼鏡で思いっきりオシャレして、ちょっと場違いじゃないかなあ、と思ってたんだけど、どなたか注意されたのか。
 
 
平和と言えば平和な一日だった。
 
 


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2011年3月16日 (水)

郵便配達

 
 
昨日は東京出張の予定だったんだけど、キャンセル。
当然かもしれないけど出席予定の委員会がキャンセルされた。
 
今日は、評議員を務める米沢四中の卒業式が予定されてたんだけど、東北電力の計画停電のために中止。
結局は停電はなかったんで、なんで?、だけが残った。
灯りがなくてもロウソクの卒業式って、メモラブルじゃないか。
 
娘の小学校も停電のために休校だったんだけど、結局はそういうことで電気があるにもかかわらず家にいてファッション雑誌を眺めていてその母親に叱られていた。
 
計画停電って、罪作りやなあ。 
 
 
そんな米沢に昨日は来客があった。
夕刻、山形空港からレンタカーで到着された。
聞くと、なんとか航空券を手に入れてここまでたどり着いたとのこと。
 
ある企業の社長さんと共同研究、共同開発の打ち合わせをしてるんだけど、ここまでやる気があって、前向きで、命がけで、米沢まで来られる情熱には脱帽。
この人の為なら誠心誠意尽くそうと思う。
 
こんな時に人間性と言うのがわかるからおもしろい。
 
 
で、今朝のこと。
ドアチャイムが鳴ったので出てみると、郵便配達。
雪の中、書留を自転車で配達してくれた。
   
いやあ、頭が下がります。
有り難うございました。
  
  
午前中、メールをチェックすると、多くのお見舞いメールに混ざって、ある共同研究企業の事務の方からの連絡が。
読むと、郵送した書類が到着したとのこと。
あの郵便物は地震の10分前に投函したもので、いったいぜんたい先方にいつになったら届くのかなあ、と心配していたのだ。
  
いやあ、日本の郵便システムって、すごいなあ。
 
 
夜は大学教員およびその家族が集まって、原発のこととか今後のことについて協議。
現場の50名は事を鎮めたら国民栄誉賞だ、と誰かが言った。
そんなまじめな話からマンションパブの話になって、いったいぜんたいそれはなんなんだということで妙に盛り上がった。
 
 
変な一日が平和に終わった。 
 
 
 
 
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2011年3月15日 (火)

あかんやろマスコミ

 
 
きょうも休み。
大学から21日までの自宅待機の連絡が来た。
 
 
午前中は三友堂病院でリハビリ。
担当の美女療法士は最近容赦なくモミモミされるので、やめてやめてと言う感じで妙なもだえ方をしている管理人。でも痛みの後には肩が軽くなるので良薬口に苦しなのだ。
帰りに税務署によって確定申告書を提出して来た。
 
お昼は自宅で家内の手料理。
単純な焼きそばだけど、テレビで見る被災者の方々の生活と比べるとホントに有難いなあ、と手を合わせた。
  
 
午後3時ころ、娘が学校からマスクをして帰宅。
聞いたら放射能の雨が降るかもしれないからつけなさいとのこと。
 
ちょっとオーバーリアクションか。
 
 
夕刻、大学事務棟へ。
学部長以下、幹部がつめて仕事をしている。
ヒマだヒマだと言う近所のK准教授に見せてやりたいなあ、と思った。
 
工学部でも放射線量を測定しているのだけど、通常レベルと変わらず、管理人の予想通り米沢は安全。
やっぱり小学校は過剰反応している。
  
 
まあ、これもマスコミのヘタな報道のせいに違いない。
というのも、特に有名大学の原子力の専門家がコメントしているのを聞いていると、こんなヤツ、テレビに出すなよ、と感じるケースがたびたびある。
海水注入が順調に行けば炉心の温度が1週間で何度から何度に下がって安全になるので、もう少しですね。とかもっと国民がパニックにならないようなポジティブで専門家らしいコメントが欲しい。
  
それにリポーターがみんなヘルメットをかぶってるのはなんなのだ。
被災者の人達がヘルメットなどせずに生活されてるのに、同じ体育館の前でそんなカッコしたら不安になると思わんか?
 
 
こんな報道が、おばさん達をスーパーに走らせるんだよなあ。
困ったものだ。
この国のマスコミ。
 
   
 
 
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2011年3月14日 (月)

休校 

 
 
きょうから3日間の自宅待機と大学から連絡が来た。
学生だけじゃなく、教職員も。
家庭を大事にしてね、と言うことか。
 
とりあえず予約してあった三友堂病院にリハビリに。
肩と腕をモミモミしてもらって腕をグリグリ伸ばされて、
 
あの〜、痛いんですけど。
 
 
昼食は、冷蔵庫の中の食料を温存する為に家内と近所のラーメン屋三宝亭に。
ここは新潟ベースのチェーン店なので食材をあちらから仕入れてるのか、すべてのメニューが揃っている。
いやあ、助かるなあ。
 
隣のスーパーヤマザワをのぞくと昨日よりいっそう商品がなくなっていた。
管理人はタマゴと白いご飯があれば一週間は暮らせるんだけど、そのタマゴもない。
うちの在庫はあと1.5ダースだから貴重品なのだ。
事務の沼尻さんがいろいろと買い込んでいた。
 
 
夕方、灯油を温存する為に近くの銭湯「白沢の湯」へ。
ここは銭湯なのに天然温泉と言う米沢ならではのお風呂なのだ。
400円払ってじっくり暖まって、腕と肩をモミモミして、ああ、気持ちいいなあと出ようとすると倉本先生が入って来られた。
 
腕はもういいんですか?と聞かれたので、ボチボチですねえ、と答えた。
倉本先生も灯油温存型なのか。
 
 
夜は家内の手作り料理。
少ない食材でおいしいものを作ってくれる。
家族三人暖かいものをいただけて有難い有難い。
 

神様、平和な一日をありがとう。
  
  
   
 

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2011年3月13日 (日)

買い占めないでね

 
 
きょう午後遅くにスーパーに行ったらいつもより空いてるのでなにかおかしいなあと思って中に入ったら棚から商品が消えてすっからかんになっていた。
 
特にパン、カップヌードル、豆腐、などなど。
どういうわけかトイレットペーパーまで消えている。
 
オイルショックか。
 
それから、市内を走るとガソリンスタンドが売り切れで軒並み閉店。 
どうやら米沢市外からガソリン求めて人が殺到したようだ。
   
 
管理人一家はと言うと、一昨日、地震後に裏磐梯に向かうとき、ガソリンは満タンにしたし、昨日、帰宅途中に喜多方のスーパーで必要なものは購入したし、焦る必要はなにもないんだけど、これだけ人々がパニック状態になって買い占めに走るとはなんとなくわかるような気もするけど、もうちょっと冷静になった方がいいんじゃないかとも思う。
  
ガソリン調達とともに、鮮魚は三陸や仙台から仕入れられてた米沢、これから一週間は落ち着かない日々が続くんだろうなあ。
 
  
平和な米沢にも間接的に影響がある大地震なのだ。
 
 
 

 
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2011年3月12日 (土)

大丈夫です!

 
 
昨日、裏磐梯で行う研究室の離散会(ゼミ旅行)に向かうため、米沢から山越えで福島に向かってた時のこと。
 
その山道で、車が上下左右に蛇行し始めた。
ああ、パンクか、と駐車スペースを見つけて停車。
しかし、停車しているのにもかかわらずさらに上下左右の揺れが大きくなったので慌ててエンジンもストップ。
しかし、さらに大きくなってまるでユニバーサルスタジオのバックトウザフューチャーの乗り物のよう。
隣で嫁さんが、地震よ、と言うので地震と気がついて、とりあえず車から外へ出ずに治まるのを待った。
 
こりゃあ震度5はいってるな、きっと仙台沖か三陸沖だから、米沢でこれだとあっちは大変なことになってるぞ、と想像しつつUターンして大学へ。
 
まず研究室のある9号棟に着くと、秘書が出て来た。
二階へ上る階段、いつもここを通るけど、見ると壁が崩れてた。
秘書曰く、下敷きになりそうでした。
  
 
1
 
  
2階のオフィスをチェック。
うずたかく積んでた書類が崩れてた。
まあ、当然か。
でも、本棚の本とか、そのたもろもろまったく動かず。
被害はなし。
  
他の実験室もちょうど10号館への引っ越しの真っ最中で、ほとんど被害なし。
ひとつだけ壊れたのが実験台から落下したエリプソ。
う〜ん、修理費かさみそう。
 
でも合成実験室での試薬瓶の割れもなく、大型装置の被害もなく、奇跡的なくらい少ない被害でした。
  
 
一応、9号館の他の研究室の3階、4階実験室もチェック。
合成系の実験室で多少溶剤がこぼれていた。
別の階で水が多少床にもれていた。
 
火災はなし、建物の損傷も結局は最初に見た壁の崩れだけ。 
 
よかったなあ、と新居である10号館へ。
ここではすでに技術員さん達がチェック済みで、被害なしとの報告を受けた。
 
先週、一宮神社さんにお祓いしてもらったばっかりなので、きっと神様にお守りいただいたようだ。
 
いやさか、いやさか。
 
 
しばらくオフィスで様子を見てから自宅へ。
きっと食器なんかが割れて散乱しているんだろうなあ、と思って恐る恐る中に入るもまったくの被害なし。
棚から唯一落ちてたのが一対のひな人形。
ガラスのケースごと落ちていた。
このお人形さん達、父方の祖母の手作りで、妹が引き継ぎ、うちの娘の為にと今はうちにある。
 
おばあちゃん、この家を守ってくれたのね、ありがとう。
 

しかも米沢は山形県内停電なのに、ここだけ電気もガスもインフラはすべて大丈夫で、スーパーには食料品もあり、普通の生活が営めている。
 
ほんとに有難い。
 
 
ということで、管理人一家、みな大丈夫です。
大学研究室もまったく問題ありません。
 
ブログもこれから毎日アップいたします。
さぼってすいませんでした。
 
 
 
 
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