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2011年2月

2011年2月21日 (月)

抜ピン

 
 
骨折して2週間、退院して1週間、きょうは待ちに待った抜糸の日。
山形大学医学部付属病院へ。
 
抜糸と言っても糸で縫われている訳じゃなくて、ホッチキスのような金属製の針で傷口を止めてある。
だから何針縫ったとは言えないし、
抜糸じゃなくて抜ピンか。
(写真はこのページの下の方ね。気持ち悪くなると思う人、見ないように。)
   
 
で、それの取り方。
ニッパのような専用器具があって、それで一個ずつ抜いて行く。
痛いかって?
 
それが全然痛くない。
いやあ、すごいなあ医療器具の発達は。
 
レントゲン写真を見ながら、骨はもうくっついてますか?
と鶴田先生に聞いたら、
 
先生が一言、子供だったら2週間でその兆候は見えますけど、大人ではねえ。
 
やっぱりオレって、普通のおっさんだったのね。
あと一週間ほどでつなぎ目の部分にもっこりと骨がつき始めるらしい。
再来週の検診が待ち遠しい。
 
 
米沢に戻って三友堂病院のいつものリハビリへ。
美人女性療法士のモミモミが気持ちいいんだけど、きょうはリハビリも本格的になって来て、
 
 
痛い。
 
 
あの〜、痛いんですけど、と言ったら、
 
そうでしょ、もだえるほど痛くはないけど、我慢できる限界でしょ、なんて、なんでわかるんだろ。 
さすが、プロやね。
 
 
右腕の可動範囲がまたいっそう広がったような気がした一日だった。
 

 
 
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2011年2月20日 (日)

市民総体

  
  
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きょうは待ちに待った市民総体の日。
快晴で、暖かくて、スキー競技には絶好の天候。
 
けど、骨折で出場できない管理人、
 
嗚呼、
 
これ以上の罰はないで。
 
 
というわけで、父親の期待を一身に背負った娘。
元気いっぱい。
ゼッケン48番がまぶしい。
 
今回はゴール付近で見てたけど、スタート地点でのドキドキ感が伝わって来て、わざわざ応援に来てくれたハセガワ社長も緊張していた。
  
カチカチのアイスバーンで3度、4度、足を取られるものの、見事に完走。
結果、エントリー110人中、16番だった。
 
地元のスキークラブ所属の選手達もでていてこの成績。
ようやったようやった、と褒めてあげたら喜んでいた。
 
 
1_2
 
 
アルペンの他にもクロカンがあって、地区対抗で総合順位を決めるんだけど、なんとうちの愛宕地区が優勝。
いやあ、子供たちががんばったのもあるけど、熱心な先生方、親御さんが多いんだろうなあ。
  
  
1_3
 
 
今年は貢献できなかったけど、
来年はリベンジ、出場しますんで、エントリーよろしくお願いします、監督!
  
 
心の中まで雲一つない青空になった一日だった。
  
 
   
 
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2011年2月19日 (土)

月刊化学3月号

 
 
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昨日、金曜日のこと、秘書が月刊「化学」3月号を届けてくれた。
まず開いたのが「研究者ノート」。
安達先生がいったい何を書いておられるのか。
今回は「外国」という共通のテーマなのだ。
 
おもしろかったのは、管理人も安達先生も英語のこと。
管理人が完璧を求めているのに対して、安達教授は対照的に適当派。
読者も参考になっただろうなあ。
  
 
1300字前後という限られた文字数で言いたいことを表すのは難しいんだけど、管理人が伝えたかったのは英語の上達法、と人前で緊張しない方法、これをアメリカ留学で自力で習得した。
 
はっきり言って、仕事をする上で英語なんて日本語英語で十分。
ネイティブのようにしゃべれる必要なんて、まったくない。
中国人だって、韓国人だって、インド人だって、訛の強い英語を堂々としゃべる。
内容に自信があれば、片言でもいいのである。
安達先生のおっしゃるとおり。
 
結局は本人がどこまで望むか、である。
片言でいい、と思った瞬間英語はそれ以上上達しない。
ネイティブのようにしゃべりたい、という強い気持ちがないとそこまで到達はできないのである。
 
これは研究、人生でも同じこと。
これでいいと思ったら、それまで。
高い山は目指すからこそ頂上に到達できる。
ふらっと散歩にでたらエベレストの頂上にいた、なんてことは絶対にないのだから。
 
 
何を、どこまで、極めるか、それは自分で決めること。
ためになるなあ、月刊化学。 
 
  
 
 
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2011年2月18日 (金)

おめでとう博士

 
 
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きようはマジで疲れた。
朝からうちの博士学生の公聴会が3件。
というのも本来先週2件予定されてたんだけど、管理人の入院できょうに変更になったのだ。
 
有機ELの新規デバイスや新規材料についての発表、議論を2時間X3回もやると肉体的、精神的な限界。
退院直後のやわい身体にはつらいで。
 
 
夜は「旬菜こんどう」で彼らプラスαでお祝いを兼ねた研究ディスカッションを行った。
最近ブログのアクセスがすごく多いんだよ、前回はフランクフルト空港で足止めになったときにそういう現象があった。ブログ読者は管理人の不幸をよろこんでるんじゃないだろうなあ。
と言ったら、
いやあ先生が危機的な時のブログはおもしろいんですよ、と答えた。
 
危機的な状況ねえ、
 
まあ、めったにないよ、火山の噴火に遭遇したり、腕の骨骨折したり。
 
 
 
 
 
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2011年2月17日 (木)

左腕

  
 
(写真)1月29日、こんどうスキークラブ合宿@蔵王ライザスキー場
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きょうは朝から修士論文の発表会。
うちの学生は、みないい研究をして素晴らしい発表をしてくれた。
指導教員として単純にうれしい。
 
4年生で研究室に配属になったときには、有機ELの「ゆ」の字も知らなかったのに、いっぱしのことが言えるようになってる。しかも材料からデバイスまで扱うので、即戦力として就職も問題なかった。
こんなご時世なのに、ラッキーな学生たちでもある。
  
 
夜は急遽「こんどう」で退院祝いと言うことになって、いつも親しくしてもらってる市内のお医者さん二人と、もと社長さんと現役社長さんが集まってくれた。
一日でも早く完治する為に、煮干しを食べたり、リハビリに励んだり、とにかく骨のくっつきにいいと思われることは何でもやるのです、と言って、来週は気功にも行ってきますと言ったら、お医者さんは気功というものは我々の立場からはお勧めすることはできません、とおっしゃった。
 
なぜなら、気功には効果を裏付ける証拠がないんです。
いまだに科学的な根拠がありません。
でも、否定するものでもないので、ぜひ試してその効果のほどを教えてください。
とも言われた。
 
そうなんだなあ、テレビで見る気功は嘘っぱちばっかりだし、いまだに自分自身は試したことないし、だからなんだか興味津々で行くのが待ち遠しい。
 
  
そんな回復著しい管理人、左手をよく使うので、最近ではかなり慣れて来ていて不便がなくなりつつある。お箸ですら結構使えるんですよ、と言った。
 
たとえば、お風呂。
衣服を脱いだり着たり自分一人でできるのはあたりまえ。
身体を洗ったり、そして拭くことすら左手一本でできる。
 
で、一番苦労したのが左手で左腕を拭くこと。
最初はハンガーにタオルを吊るして、そこに背中とか腕をなすり付けるとか、試したけど、いまは新技法を編み出して、もっと簡単に拭けるようになった。
 
なんて、話をしたらみな興味津々なので教えてあげた。
 
 
あのね、まず「拭く」と言う概念を捨てます。
そしてブルースリーを思い出してください。
ヌンチャクの要領です。
そうです、左手でタオルの真ん中を持ち、スナップを利かせてパチンパチンと左腕をたたくのです。背中や脇の下ですら、これで拭くことができます。
みな、ほほう、という顔をした。 
 
左手を使うことで、右脳が活性化したんじゃないかと言う話になって、じゃあ、新しい有機ELを発明してくださいね、と言われた。
そうだなあ、ちょっと真剣に考えてみるか、新しい発明。
 
  
転んでもタダでは起きない大阪人なのである。
 
 
 
 
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2011年2月16日 (水)

ビデオ会議

 
 
(写真)1月29日、こんどうスキークラブ合宿@蔵王ライザスキー場
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朝一で三友堂病院でリハビリ。
肩の部分がカチカチなので、このあたりをほぐしてもらっていて、ゆっくりとだけど元に戻りつつあるようだ。
右腕の可動範囲もぶらぶら運動のおかげか、日に日に広くなってるような気がする。
それから、腕と言うものは結構重かったのねということにも気がついた。
 
 
午後からは東京サテライトとビデオ会議。
もともと東京に出張しての会議だったんだけど、管理人のせいで急遽ビデオ会議になった。
なかなか便利なシステムで、ディスプレイを100インチクラスにすればかなり臨場感がでるんじゃないかなあ、と思った。
 
 
夜は企業の方々と打ち合わせ@こんどう。
白色有機ELパネルの開発でとてつもなく大きな話が進もうとしている。
  
お客さん曰く、 
 
城戸先生にはもっと骨を折っていただかなければ…。
 
あのね、ちょっとタイミング悪いでしょ、とにらんだ。
でもまあ、ベッドで寝てる場合じゃないわな。
 
 
明日は修士論文発表会。
 
 
 
 
 
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2011年2月15日 (火)

練習

 
  
(写真)1月29日、こんどうスキークラブ合宿@ペンションノエル 
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きょうは朝から卒論や修論の発表練習。
9時半から始まって、昼休み、終わったのが午後4時。
 
今年の終始も学部も質が高くて、特に4年生のレベルは近年稀に見る高レベルなのだ。
彼らが4月から修士でがんばってくれるのは、とても楽しみ。
  
 
夕刻からは、退院後初の「旬菜こんどう」で三友堂病院リハビリセンターの穂坂院長より直接指導。
リハビリのなんたるかがわかった気がした。
しかし偉いんだなあ、この先生、そうは見えないんだけど。
 
それにしても、リハビリの理学療法士の方々は優しい人が多いですねえ、そんな人達にかこまれての仕事が羨ましいですよ、と言ったらニコニコ笑われた。
 
 
右腕はきょうも順調に機能を回復しているようで、骨もかなりくっついたんじゃないかと思う。
よしよし、がんばれよ、相棒。
 
 
 
 
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2011年2月14日 (月)

ドイツ視察団

  
 
(写真)1月29日、こんどうスキークラブ合宿にて
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今朝はまず地元の三友堂病院にリハビリに行った。
 
ここは山形大学付属病院からお医者さんが来られていて、そういう意味では管理人とも関係ないことはなくて、しかも院長の仁科先生にはいつもお世話になっていて、その上、リハビリセンター院長の穂坂先生は管理人の飲み友達、スキー友達、かつゴルフ友達(腕は管理人の方が上)なのだ。
  
で、朝10時、受付。
診察開始 午後1時半。
雪で転んで骨折した人、どれだけ多いかこの冬。
  
 
リハビリでは、美人女性療法士の方が、まずやさしく右腕をなぜなぜ、次にモミモミ。
とても気持ちがいいので、完治した後も仮病を使って来たいなあ、と正直に思った。
次に腕をゆっくり上げ下げし、最後に自宅でできる右腕ぶらぶら運動を教えてもらった。
 
まだ骨が完全にくっついてないので、決して無理はせず、腕立て伏せをやろうなんて考えてはいけませんよ、と釘を刺されたので、リハビリ世界選手権最短記録を狙ってますなんて、冗談でも言えなかった。
 
  
終わり次第、大学へ。
久しぶりの研究室はなにも変わらない。
学生やスタッフが大丈夫ですかと聞くので大丈夫なはずないやろ、と憎まれ口をたたき、D3の千葉にはお前のせいでこうなった、なぜならスキー滑ってるときにお前の公聴会のこと考えてたからや、と言ったらうれしそうな顔をしていた。
 
 
午後4時半、パソコンを持って100周年記念会館へ。
実はドイツのザクセン州から視察団が来られていて、管理人は山形の有機ELのアクティビティについて紹介した。
講演後、ドイツの関係者からは、今後、ぜひ共同研究などで連携し、Win-Winの関係を構築しましょう、と提案を受けた。
 
もちろん、と答えた管理人。
やっぱりあんまり休んではいられない立場なんだなあ、と実感。
   
 
きゅうも右腕は順調に回復。
昨日よりも明らかに調子がいい。
有難い有難いと風呂上がりに腕をさすった。  
 

 
 
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2011年2月13日 (日)

退院

 
 
無事退院です。
関係者のみなさま、ご迷惑おかけしました。
読者のみなさま、ご心配おかけしました。
 
昼前、病室の荷物をまとめ、看護婦さん達にお礼を言って、家内の車で、娘と、自宅へ。
澄んだシャバの空気が、なんとも新鮮で、青い空がまぶしい。
  
夜は家族でお祝いのすき焼き。
管理人はすき焼きが好き、と言うより、愛してる。
お祝いは、とにかくすき焼きなのだ。
 
しかも右手でお箸を使って食事ができるまで急速に回復したし、
パターの練習をするも、少し肩付近に違和感残るものの問題なく、
いやあ、復帰も予定より大幅に早まりそうだなあとうれしくなった。
 
 
これもすべて執刀いただいた先生方のおかげ、
神業的オペレーションできっと神経一本、筋肉繊維一本、傷ついてないんだろうなあ。
 
改めまして、御礼申し上げます。
山形大学付属病院の整形外科の先生方、本当に有り難うございました。

医学部が医学会への貢献ばかりでなく、地域社会へこれだけ具体的に大きく貢献されていると言うこと、実感し勉強にもなりました。  
将来のことですけど、もし、万が一、この管理人が山形大学学長に就任しましたおりには、医学部の先生方にはよりよい教育、研究環境を提供させていただきます。
 
まあ、確率は超大型隕石が地球に衝突するよりも低いとは思いますが…。
 
 
それにしても一週間前とは地獄と天国くらいの差がある日曜日だった。
 
 
 
 
 
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2011年2月12日 (土)

病室便り8

 
 
突然ですが、

この病室便りも今回が最後になりました。
うれし恥ずかし、あした退院です。
 
   
この波瀾万丈の一週間も今から思えばあっという間でした。
手術の夜は、モルヒネ注入していても全身しびれ、痛み、で小刻みなプチ寝返りを繰り返し、一睡もできず。足の甲に付けられた血栓防止の空気導入器具を何度も止めてしまって看護婦さんに3回は来てもらった。
それが今や看護婦さんを気遣うほどの成長ぶり。
 
 
食事も最初は左手でスプーンを握り、チンパンジーのパン君のような食べ方。
それが今や右手にフォークで、小学校1年生のように食べられる。
 
この進化のスピードはすごいで。
 
 
月曜からリハビリですが、この際、リハビリ世界選手権最短記録を狙います。
それはリハビリ日記と題してリポートいたしますのでお楽しみに。
 
 
では、おやすみなさい。
2月12日午後9時
  
  
 
 
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病室便り7

 
 
今朝、朝一番で山形新聞web刊を見たら、昨日の米沢駅でのセレモニーの様子が掲載されていた。
そこには大きなモニュメントの写真とそれを眺める女の子の写真が。
 
どっかで見たことある顔やで、と思ったらうちの娘だった。
他紙にも掲載されてるはずなんで、記念にあとで院内のファミマに買いに行こうと思う。
 
  
1
 
 
そんな外の様子をネットで知る病院生活もはや6日目。
夜熟睡できないのはまだ続いてるけど、昨夜、そのことについて工学部教授という学識経験者の立場から論理的に考察し結論を見いだしたので報告したい。
 
まずケガで入院してる場合はその痛みで寝られなくなる。
これ当然。
だから患者に休息をとらせる為にも痛み止めを打つ。
管理人の場合も手術後約二日間はモルヒネを点滴で入れてました。
でも、痛みは完全に消失する訳じゃなく、それが気になって寝られない。

もう一つ、入院の影響が与える日常生活や、仕事に与える影響をまじまじと考えて憂鬱になり寝られなくなる。
管理人の場合、割り切り早く、ポジティブ思考で、これはありません。
 
 
で、最大の原因がこれ、
 
9時消灯。
 
 
あのね、大人です。おっさんです。
小六のうちの娘でも9時に寝ろと言ったら怒ります。
普段は深夜1時、2時に寝るので、いきなり9時消灯って言われても禅の修行をしてる訳じゃないので、いくら6時半起床でも物理学的に寝られないのです。
 
一昨日も9時消灯で寝付けなくて1時間経過、部屋を暗くして寝ようとすると全神経が傷口や腰痛の部分へ集中し、ズキズキと痛みだす。
看護婦さんをコール。座薬挿入。
 
すると10分ほどで効き目発揮し、痛みが半減以下。
よし寝るぞ、と意気込んでも所詮夜の10時だし、昼間はうだうだしてるだけで疲れもないし、寝付けません。
そんなこんなで3時間経過して時計を見ると夜中の1時。
ヤクが切れだしたのか、痛みが復活し始めた。 
 
で、またまた寝れなくなって、また看護婦さんを呼ぼうかどうか深く考え、ここで呼んだら座薬マニアかと思われるのも工学部教授として恥ずかしいことなので思いとどまった。
結局は、2時ころに疲れきって痛みを忘れ睡眠状態へ、4時頃か目が覚めトイレへ、またまたベッドに戻って、痛みやしびれと戦いながら1時間ほど睡眠が取れた。
 
 
ということで、昨夜の行動はこうだった。
すぐに座薬に走ると同じことが起こるので、痛みシビレに耐え2〜3時間我慢して眠たくなって来てしかも痛みを消せばここで爆睡できる状況で座薬を投入する。
というシナリオを描いてたら、12時過ぎにいつの間にか寝入ってしまい、痛みで目が覚めたら夜中の3時だった。
ここで座薬投入して安眠かと思ったけど、看護婦さんもきっと疲れて休みたいだろうからとナースコールのボタンを押さなかった。
 
なんて看護婦さん思いの患者なんだろうなあ。
  
 
 
そんなことで、病院生活にも一定の規則を見いだし、夜は少しは睡眠が取れるようになってきて快適生活モードに入ろうとしているきょうこのごろなのである。
 
 
 
 
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2011年2月11日 (金)

病室便り6

 
 
1_3
 
 
きょうは休日と言うこともあって、多くの方々がお見舞いに見えられた。
手術直後はモルヒネで頭がぼんやりしてるし、体力的にも精神的にも疲れきっていて、面会は遠慮していただきたいんだけど、今のようにピンピンしていて、しかも暇を持て余しているときには有難い。
 
そこでは、もうスキーをやめてゴルフなど危険を伴わないスポーツをすればいいんじゃないかと言う声が圧倒的だったんだけど、
 
ここでスキーをやめてどうするんだ、それじゃあ負け犬やで、オカマやで、赤字事業部を清算する腐りかけの大企業やで。ケガしないように身体を鍛えて来年も市民総体に挑むんだからな、と言い切った。
 
だいたい、ゴルフをする人達はたくさん歩くのでいい運動になると言うけど、管理人ような自称シングルプレーヤーはカートに乗って、全然歩かないから運動にはならないんだよ、と言ってあげた。
ゴルフは断じてスポーツじゃない。
 
ゲームや。
  
 
そんな賑やかな一日が終わろうとしていて、また病室に一人になったら家が恋しくなった。
 
 
 
  
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病室便り5

 
 
(写真)病室から
1_2
 
 
きょうは2月11日、建国記念日。
エジソンの誕生日でもあり管理人の誕生日でもある。
こんな日を病室で迎えるなんてもちろん想定外のできごと。
今頃は米沢駅だもんなあ。
 
 
今朝も高木先生や村先生、鶴田先生が来られて様子を視て行かれた。 
多くの人に支えられて人って生きてるんだなあとこんなときに実感する。
実感できることに感謝。
  
 
昨夜は腰痛や傷口の痛みに悩まされずにぐっすりと寝たいと思って、消灯後1時間くらい経ってまだ寝付けないのでナースコールで看護婦さんを呼んで痛み止めの座薬をお願いした。
 
うら若い眼のクリッとした美人かわいい系看護婦さん、恥じらいもせず(当然か)横たわる管理人のパジャマとパンツをずり下ろし、「は〜い、力を抜いてください」と一言。
 
そこで、フッとお尻の辺りの力を抜くと、「入ります」と言うや否や、エッと驚く間もなく、より正確には0.48秒で挿入完了しました。
その見事なテクニック、いやあプロはすごいすごいと一人で感心した。
でも、妻にちょっと悪いなあと思ったのは正常な感情かなあ。
  
 
そんな訳で、完全熟睡まではいかなかったけど、手術以来、最長不倒距離的な2時間半は寝続けれた今朝、快適です。
 
  
  

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2011年2月10日 (木)

病室便り4

 
 
そういえば、明日、公式行事がありました。
米沢駅でのテープカット。
なにかっていうと、駅に有機ELパネルをつかったモニュメントが展示されます。
期間限定ですけどね。
 
納入したのはオーガニックライティング社。
パネルはルミオテック製。
ということで、Made in Yonezawaの有機ELです。
 
デザインは「おっさんデザイナー」で有名な元パナソニック電工デザイン室長の市川邦治氏。
この方はまだ米沢市民じゃないけど、いずれこっちに引っ越してもらいましょう。
 
 
朝10時からのテープカットには市長や市の産業部長とか偉いさん方もご列席で、管理人もショートスピーチを頼まれてたんだけど、このありさま。
すいません、ほんとに。
 
関連記事はこちら↓
     日経Web刊
 
 
そんな訳で、出席してたらこんなことしゃべっただろうなあ的御挨拶を一言:
 
 
おはようございます。
山形大の城戸です。
私は平成元年の3月、今から22年前にこの駅に降り立ちました。
当時の米沢駅は在来線だけで、無人駅と思われるような寂しい駅で、しかも今日のように寒くて、科学者としての第二の人生がここで始まるのかと、ポジティブに考えようとしてもいったい全体どうなるのか想像すらつかなかったのをつい昨日のように覚えています。
しかし運命とはよくできたもので、山大で有機ELの研究を開始し、すばらしい学生たちと出会い、仲間に囲まれ、共同研究者のみなさんと知り合い、白色を見いだし、照明用素子構造の開発にも成功し、国家プロジェクトの実施、そして山形県有機エレクトロニクスバレー構想の推進、ルミオテック、オーガニックライティング社の設立と、私一人では到底なし得ない仕事を行うことができました。
ここ米沢だからこそできたのかも知れません。
 
そして、きょう、こうして量産の始まったルミオテック社のパネルを使ったモニュメントが完成し、新幹線も停まるようになった米沢駅に展示されるようになりました。
科学者として、そして米沢市民として心からうれしく思います。
ご支援いただきました関係者のみなさまにこころから御礼申し上げ、米沢が有機のあかりの灯る町となるよう祈念しまして挨拶とさせていただきます。
本日は有り難うございます。
 
・・・・・・
 
ということで、明日2/11は米沢駅へGo!


 

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病室便り3

 
 
(写真)きょうの朝ご飯。左手一本で食べます。
1
 
 
入院4日目の朝。
10時23分です。
 
いまだに夜が熟睡できないのがつらいけど、なんだかここの生活にも慣れて来た。
看護婦さんのちょっとした心遣いがうれしい。
 
 
で、初体験が続く病院生活。
なかでも圧巻が全身麻酔。
テレビドラマなんかでありますねえ、マスクでガスを吸引させてコロッと寝かせるヤツ。
好奇心旺盛の科学者の端くれ、いったいどんな感じなのか一度体験したかった。
 
 
月曜日の午後2時、
手術室、
上を向いて横たわる管理人。
マスクには最初は酸素が流れて来る。
よし、ここで眠りガスが来たら睡魔と戦ってどれだけ我慢できるか試して見ようと思って、強い意識で臨んだ。
 
けど、
  
知らぬ間に、アッと言う間に、抵抗できぬ間に、
  
爆睡状態に入った。
 
 
で、かつて幽体離脱を一度だけ体験したことのある管理人、寝たら寝たで天井から手術の様子をじっくりと拝見しようと思っていた。
 
けど、魂も爆睡した。
 
 
実際に、マスクをかぶって酸素を吸い始めたときから、ストレッチャーで病室に戻り、愛しい嫁ハンの声が聞こえるまで何も覚えてない。
 
寝てる間に手術終わりました。
 
 
ということで、なにも怖くないので、これから手術受ける人、心配なきよう。
それから睡魔には勝てませんし、幽体離脱もできません。
 
 
しかし、いろいろなことがわかったなあ。
 
 
 
 
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2011年2月 9日 (水)

病室便り2

  
 
(写真)きょうの夕食。ご飯がツヤツヤしておいしい。
1
 
 
整形外科の高木先生は毎日管理人の容態を見に来られるんだけど、きょうは立っている管理人を見られて、いや〜、回復がはやいですねえ、とおっしゃった。
ホント、全然傷口は痛まないし、静かにしてるとホントに手術をしたばかりとは思えないくらい。
 
まあ、管理人が特殊体質で超人的な回復を見せていると言うよりは、執刀された村先生、鶴田先生のゴッドハンドのおかげだと思う。
すごいなあ、山大病院整形外科チーム。
改めて、有り難うございました、と心から感謝を述べたい。
 
  
で、キーボードをパコパコ打つには少々不便な状態ながら元気な管理人、午後は院内を探検した。
ファミマがあって、レストランがあって、ドトールコーヒーがあって、そしてサンパツ屋さんもあった。
ここで生活できる。
 
早速、リハビリからの帰りに伸びたヒゲを剃ってもらい、髪も洗ってもらった。
ああ、なんて爽快なんだろう。
健常者は毎日ヒゲを剃れる幸せを感じなければならないなあ、と思った。
 
  
消灯は9時となっております。 
  
 
 
 
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病室便り

 
 
ただいま9時34分
 
手術後の経過もよく、今朝、点滴が外された。
右手が吊るされ、左手に点滴という不自由な状況が解かれホット一息。
今朝の朝食も完食。
白いご飯がおいしい。
 
 
お見舞いメール、有り難うございます。
なかなか自由にメールできないので、退院してから返事させていただきます。
 
 
ちなみに、山大病院、病棟、病室がきれいで、看護婦さんも親切です。
入院なら、山大付属病院おすすめです。
 
 
 
 
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2011年2月 8日 (火)

手術

月曜日。
山形大学附属病院。
肩の骨折の手術。

5時間だか6時間だかの大手術。
麻酔で寝てたのでわからない。

取り合えず一週間ほどの入院。
関係者のみなさま、
御迷惑をおかけして申し訳ありません。



2011年2月 6日 (日)

活動停止中

  
 
突然ですが、
  
右肩骨折につき、活動停止中です。
みなさまにご迷惑をおかけしますが、なにとぞお許しのほど。
 
 
昨日のこと、
朝から小野川スキー場にて小学生達とポールの練習。
結構調子も上がって来てて、結構攻めた管理人、ムフフムフフこれで市民総体には絶好調で挑めるで、とほくそ笑んでいた。
疲れの見える練習後半、コース終盤の急斜面、と言っても相対的なもんで他なら中斜面ぐらいだけど。
ちょっと荒れだしたところで、うかつにも足を取られて転倒。
したたか肩と腰を打った。
  
立とうとしたら右腕動かず、這って移動しようとするも、腰から下動かず。
おいおい、これはひょっとして、想定外の重傷か、そう言えば右肩が転倒したときにグギッて音たてたもんなあ。
 
結局、次に滑って来られた父兄のシマヌキさんが、助けてくれて、板を外してレストハウスまで連れて行ってくれた。
有り難うございました。
 
レストハウスでは、腰の痛みで脂汗ぼとぼと。
座っても痛い腰痛って、経験したことない。
しかも右腕はちょっと動かすだけでも声が出るくらい痛い。
 
顔が青ざめていたらしい。
 
 
三友堂病院に連絡していただいて、先生が乗せて行ってくれたんだけど、雪道でドンドンと上下するたびに右腕がズキズキ。
涙がチョチョギレそうになった。
でも、アオヤギ先生、有り難うございました。 
  
病院では整形外科の先生がちょうどおられて、レントゲン写真を見ながら折れ具合を説明してくれた。
なるほどなるほどと説明を聞きながら、来週以降のどれくらい仕事をキャンセルしないといけないかちょっと心配になった。
 
とりあえず、腕を三角巾で吊ってもらい、サポーターで固定して、痛み止めをいただいて帰宅。
なんだか全身が痛みに包まれているようで愉快な気分じゃない。
寝る前に痛み止めの座薬を使用。
実はこういうものを出口に挿入されるのは初体験で、挿入する方の女性も初体験で、初体験どおし最初はなかなか入らなくて、痛い痛い、もうちょっとやさしくしてよ、なんていいながらなんとか初体験をすませた。
 
なんだかクセになりそう。
 
 
ということで、明日、月曜日、山大病院に行きます。
手術になるかも知れません。
そうなると入院もしますので、予定大幅変更です。
というか、すべての予約、予定はキャンセルです。
 
すいません。
関係者の皆様。
 
 
 
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2011年2月 4日 (金)

会議

 
 
(写真)きょうのお昼。カレー南ばん@粉屋小太郎、950円也。 
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きょうも学内でお仕事。
朝から研究の打ち合わせや会議や秘密の相談など夜まで延々と続いた。
 
久しぶりに出席した学科の会議。
知らない人が結構いて、誰が誰なのか名簿でチェックしたけどわからなかった。
浦島太郎効果やな。
 
会議室は狭いので自分の後ろにも人が座ってたんだけど、発言された時に聞いたことのある声なので振り向くと某N准教授だった。彼はたぶん1年ぶりくらいで見たんだけど、相変わらず背中には髪の長い女性をオンブしたように背負っていて、ちょうどその彼女と目が合ったのでウインクすると向こうもウインクした。
なかなかフレンドリーな霊なのだ。
 
 
夜の秘密の会合は、ほんとに極秘で、ここではその概要とか誰とあったとか何が始まるとか、とにかくその手がかりさえも書けないんだけど、もし実現すると米沢市長がオシッコちびるくらいうれしいだろうなあと思う。
 
 
まあ、こんな平和な暖かい春の一日だった。
 
 
  
 
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2011年2月 3日 (木)

審議官

  
 
(写真)きょうのお昼。厚揚げときのこのスープカレー@らあじゃ、1100円也。
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きょうもVIPの視察from文部科学省。
審議官さんです。
かなり偉いです。
 
大学では城戸研究室の見学と意見交換。
高橋副学部長から地域卓越プロジェクトなど山形の取り組みを説明。
高橋事業化センター長から地域での人材育成について説明。
どちらも筋が通っていてよくできていると思う。
しかも高橋センター長は審議官の前でセーター姿だからなかなか勇気があるのだ。
しかもうちの学長も参加してたんだからね。
  
  
審議官はさすがに切れ者でなかなか鋭い質問やコメントを連打。
 
審議官、
地域卓越事業が終わったらそれで雇用していた人達はどうするんですか?
 
学部長、
プロジェクト期間中、バリバリ働いて成果を出してもらいます。
プロジェクトが終って他に移籍してしまえばそれは仕方ないです。 
  
それを聞いていた管理人、
 
それは違います。地域卓越プロジェクトは5年間で卓越者を集結し、成果を出し、企業との共同研究や国プロジェクトを推進し、文字通りこの大学をトップサイエンティストが結集する有機エレクトロニクスの拠点にすることです。そうすれば、自然とお金と人と企業は集まるのです。国からの補助もいらなくなるでしょう。もちろんプロジェクト終了後も卓越者にはずっとここで活躍してもらいますよ。
 
と、言いたかったけど、学部長のおっしゃることに反対できないので我慢した。
 
人材育成について若手は育っていますか?と聞かれ、
学部長が、中山さんや夫さん、優秀な若手が育ってます。と答えた。
  
それを聞いて管理人、
 
う〜ん、あの二人は若手やないで。
中山さんなんて見た目55才やし。
しかも二人とも他大学から引っ張って来たし。
しかもあの二人では城戸は越えられないし。
  
もし、管理人に振られたらこう答えたと思う。
 
城戸研では高校生向けのサイエンスキャンプや中学生向けのひらめきときめきサイエンス、それに中学や高校での講演行脚は年に数回。その成果として城戸研究室を目指して山形大学を受験する生徒がいる。その子達は単に優秀なだけじゃなく、やる気もあり、志も高い、この子達を将来山形大学を背負って立つ研究者に育てるのが城戸流の若手の育成です。
単に研究能力が高いだけの研究者はリーダーにはなれないし、人は集まりません。
魅力があり、夢を持ち、根性のある若者を後継者としてこの手で育てたいと思っているのです。
 
 
特許戦略についてコメントを求められたので、管理人が一言。
 
大学が特許で儲けるなんて夢です。当たる特許なんて100に一つです。多くの大学でTLOを立ち上げ、知財本部を設置し、その結果特許収入で儲けたところはありますか?ありません。どこも赤字です。
特許と言うのは活用してなんぼのもんで、大学が特許で儲けたいならその特許でベンチャーを始めて、それで利益を得るべきでしょう。
 
いつも思うんだけど、特許に関してあまりにも無知な人が多いんだなあ、大学や官庁には。
 
 
それと大学の知財戦略について、蛇足的コメント。
 
この大学には知財戦略はありませんし、卓越研究者の待遇にもまだ方針がありません。
地域卓越プロジェクト終了後の卓越研究者の待遇は、プロジェクトがスタートして1年もたっているのにいまだに決まってませんし、このままでは時任教授は5年後には他に移籍されてるでしょう。
とにかく山形大学の動きは遅いです。
 
 
なんてことを学長や学部長の前で言い切る自分が怖い。
 
こんな自由人、
お許しください。
 
 
 
 
 
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2011年2月 2日 (水)

メンターミーティング

 
 
(写真)きのうのお昼。天ぷらそば@粉屋小太郎、1200円也。
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青空の広がったきょう、3月みたいでとても気持ちいい。
結局は冬は短かったなあ、ハッハッハッハッ、なんて笑うとバチが当たってまた大雪になったら困るから笑わなかった。
  
 
昼から企業の方のご来室。
ここはチョクチョク来られるんだけど、いつになったら丸々と肥えたチョウザメをお土産に持って来られるのか期待してるんだけど萩の月だった。
 
きょうのメインイベントはテニュアトラック助教のメンターミーティング。
親代わりの管理人が研究の進捗状況をチェック。
  
3人の助教と、研究アシスタントたちが報告。
なんだか研究が進んでいるようで進んでいないようで、うまく管理人をだましたと思っているらしい。
メンターとして何をチェックしているかと言うと、研究成果は当たり前のこと。
それに加えて、研究のオリジナリティ、独創性、そしてブレークスルーにつながるかどうか。
目標とする年間論文数を聞くと、みんな遠慮がちに少なく答えるので最後に言った。
  
あのね、アメリカではポスドクは年間最低でも3報は書かないと首です。それに加えて分厚いプロポーザルをいくつか書きます。しかもポスドクにアシスタントなんてつきません。自分で実験するのです。
これが普通のポスドクです。
みなさんは、テニュア助教として通常の助教より多いスペースをもらってます。ずっと多い研究費をもらってます。アシスタントも付けてもらってます。給料も多いです。だから、単なる助教ではいけないのです。スーパー助教として活躍してもらわないといけません。他の何十人といる助教からもそういう眼で見られていることを覚えておいてください。
研究をもっともっと加速して、年間7報でも8報でも論文書いて、そのうち一報ぐらいはサイエンスやネイチャーにも掲載されるようがんばってください。
 
   
終了後の懇親会@旬菜こんどう。
ここでは研究の話はせずに、ザックバランなバカ話。
鍋のうどんをすすりながら、ひとりの助教が言った。
 
助教曰く、
城戸先生は、まだ卓越教授としての給料もらってないんですか?プロジェクトがスタートして1年経つじゃないですか。それって大学ひどいですね。
  
管理人、
そうだねえ、ポルシェ2台分は受け取ってないねえ。
おれは別にいいんだけど、これってJSTに知られるとヤバくないかなあ。
卓越教授と呼ばずに、卓越ヒラ教授とでも呼んでもらおうか。
 
助教、
みんなで福島大に移籍しましょうよ。
 
管理人、
そうやねえ、福島は雪が降らないし、福島大は工学系が弱いし、もし福島県庁が年間2億ほど大学に補助すれば有機エレクトロニクス部隊がごっそり移籍してももんだいないわなあ。
たまにはいいこと言うねえ、XX君。
 
 
なんて恐ろしい会話が交わされた。
このままだと春が来ても懐はきっと冬のままだろう。
 
 
 
 
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2011年2月 1日 (火)

 
 
(写真)自宅ですけど、なにか?
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天気予報によると2月にはいると寒波はどっかにいっちゃって、雪も降らなくなるとか。
そんな予報を聞いたのが約一週間前。
最近の天気予報はまったくと言っていいほど当たらないんだけど、それを信じて一週間。
 
今日は2月1日です。
 
午前中、朝、目をさましたら大雪でした。 
けど、午後になったらピタッとやんで、夜なんて冷蔵庫に顔を突っ込んだみたいで冷気が気持ちいいくらい。
明日の朝になるのが楽しみになってきた。
でもこんな春が楽しみな人達は、ホントは人間として、動物として四季をきちっと感じられて幸せなんだろうなあと思うんだけど、年配の人達にとっては命がけの雪下ろしとか、滑ってコロンで大分県とか、とにかく大変なことには間違いない。
 
そんなことを思いつつ、今夕は家族で結婚14周年記念のお食事会を旬菜こんどうのカウンターで。
常連さん達も混じってお祝いしてくれて、とても有難く、うれしく、心が温まった。
  
 
たまたまとなりの部屋では山形大関係者がけたたましい笑い声をたてながら飲み会を開いていて、カウンターに顔を出した学部長に対して恐れを知らぬうちの将軍様が一言、
 
学長ときちんと交渉してくれないと一家で雪のないところに移籍しますよ。
 
隣で聞いてて血管が縮んで血圧が10ほど高くなったけど、実際に学長と現場との考え方の解離がだんだん大きくなって来て、このままでは大学改革はできないんじゃないかと心配になって来た。
改革できない地方大学なんて、つぶれるしかないんだからね。
学長だけじゃなくて、取り巻きの理事にもしっかりしてもらわないと、山形県から企業が消えるばかりじゃなく、大学まで消えてしまう。
  
雪は春に消えても冬になったらまた降って来るけど、企業と大学は消えてしまうと今の時代では再び現れるなんてことはないんだから。
  
  
 
  
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