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2007年12月 9日 (日)

黒田智二のこと

 
 
3年ほど前のこと、東京に出張した時に、朝、メールをチェックしたら、黒田からメールが来ていた。
 
 
・・・・・

From: 黒田 智二
Date: 2004.3.23
Subject: 城戸、久しぶり!

城戸淳二様

久しぶりです。
早稲田大学理工学部で一緒でした黒田です。
高分子の世界的権威になっていたのですね。
昨日深夜偶々見たTXの番組で見た瞬間分かりました。「城戸だ!」
私は卒業後、テレコムスタッフというテレビ番組・CMの制作会社に入社し
今は、番組のプロデューサーをしております。
東京でお会いできる機会があれば連絡下さい。

テレコムスタッフ
黒田智二        

・・・・・
 
 
黒田とは同じ応用化学科で、城戸、黒田と出席番号が近かったこともあり、すぐに親しい仲になった。
いっしょに、飲み、食べ、語り、学生実験、レポート、試験、いつもいっしょだった。

しかし、4年になって研究室が忙しくなり、また黒田は留年したので、つるむ機会も減り、卒業直後にわたしはアメリカに旅だち音信不通になった。
 
当時から黒田は理工学部生らしくなく、文学やジャズ、落語などにも詳しく、当時のわたしには、異次元からきた兄貴分のような存在だった。
風のうわさに、卒業後は業界の人間になったと聞いてたけど、連絡の取りようもなく、いつか、どこかで出会えるんじゃないかと、あてもなく期待していた。
 
その黒田から、約20年の時を経てメールが届いたのだから驚いた。
どうもわたしの風貌は目立つらしい。
 
すぐに電話して、その日の夕方、赤坂の路上で再会した時には男同士で思わずハッグした。オヤジ二人がハッグするなんて、ちょっとキモいけどね。
それぐらい、お互いうれしかったのだ。
 
その夜は、モツ鍋をつつきながら、20年の空白を埋めた。
 
卒業後、番組制作会社に入社した黒田は、AD、ディレクター、そしてプロデューサーと出世し、京都の表千家のビデオを撮るためにロケで京都に入りびたっているとのことだった。
 
まったく異なる業界で活躍する黒田の話は、新鮮で、おもしろくて、刺激的で、学生時代と変わらず知らないことをいろいろ教えてくれる。
 
これを機会に早稲田の応用化学の他の同期にも声を掛け、時々集まろうということになった。
これまで2〜3度集っただろうか。
みな、それなりのポジションについていて、こんな時、さすが早稲田だと思う。
 
 
(写真)
前列左から、黒田、金
後列左から、桑原、柄沢、妹尾、佐々木、おバカさん
Photo
 
 
 
 
 
…けど、
  
 
 
 
 
 
2年前のクリスマス、奥様から電話をいただいた。
 
釣りに行った熱海の温泉で、黒田が帰らぬ人になったとのこと。
  
信じられなかった…。
その時の驚き、悲しみ、なんと表現していいかわからない。
 
 
葬儀の際、ご家族に初めて会った。
会社を経営するしっかり者の奥さんと、高校生のお嬢さん。それに、黒田ソックリの中学生の息子さん。
  
人懐っこい笑顔の写真の黒田を見ると、弔辞を読みながら涙が頬を伝った。
ご親戚、ご友人、仕事仲間、たくさんの人達に見送られる黒田。
 
ちょっと、行くのが早過ぎるネ。
 
その正月には、京都の鶏鍋セットを送ってくれることになってたんだから。 
 
約束を守れよ。  
  
 
 
 
 
 
 
昨日は、3回忌の法要だった。
  
2年という歳月は、悲しみをいくらか希釈してくれたものの、
いまだに、黒田に二度と会えないという事実を受け入れることが出来ない。
 
 
お嬢さんは、早稲田の教育学部理学科の2年で生物学を勉強している。
理系離れが進む昨今、優秀な女性が科学者を目指し、しかも早稲田に来てくれてとてもうれしい。これも、父親の影響か。
息子さんは、東京の高校へ進学し、アメフトの東京選抜にも選ばれた。
ますます、父親に似てきたな。 
たぶん、次にお目にかかる時は二人とも成人しておられることだろう。 
 
 
黒田もどこかで見守っているのか、
  
冬なのに、抜けるような青空がまぶしい一日だった。 
 
 
 
 
 
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