2021年1月21日 (木)

焼肉の作法

    

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もうずいぶん前です。

2011年の月刊化学に掲載された拙文です。

焼肉に関して、こんなこと言ってました。

おヒマでしたらご笑覧ください。

  

      

〜化学者には肉を焼かせろ〜

    

一流の合成化学者は一流の料理人でもあると言うのは万国共通で、化学者には料理の得意な人が多い。というのも合成実験というのはCookingそのもので、レシピどおりに作ればおいしい料理ができる訳ではなくて、そこは勘とかセンスとか経験なんかが極めて重要になってくるからだ。

たとえば、すき焼き。筆者はすき焼きが「好き」どころか「愛してる」くらいで、巨大隕石が地球にぶつかる人類滅亡の日の前夜の晩餐はすき焼きと決めている。大阪では、すき焼きは割り下は使わず、醤油と砂糖と水だけで調理する。火加減、肉の焼き加減、砂糖投入のタイミング、醤油の量などなど、極めて感覚的でセンスを必要としていて、これを間違えると高級な松坂牛でも豚肉以下になる。実はこの作業、まさしく合成実験と同じで、溶液の温度、撹拌の仕方、試薬滴下の絶妙なタイミングと速度、それで収率が決まる。まさしく大阪風すき焼きなのである。

だから、すき焼きをお客さんといただく時には、その調理する姿を見ればその人の化学者としての能力を判断することができる。味が薄い、濃い、煮込み過ぎ、とにかく合成化学者的能力がそのまま味に反映されるからおもしろい。特に、一人でキッチンで行う料理と違い、会話を楽しみながら、日本酒なんかをチビリチビリとやり、時にはゲラゲラ笑い、同時並行ですき焼きを調理するのは聖徳太子並みの情報処理能力が必要となってくる。すき焼きを仕切れる人は間違いなく一流の化学者なのである。

そんな肉食系の筆者、焼き肉にもうるさい。

研究室志望の学生が見学に来ると焼き肉屋に連れて行く。そこで肉の焼き方を見て、その能力のほどを判断するのだ。一番ひどいのは、とりあえず網の上に肉を目一杯並べるヤツ。このようながさつな人間は合成をやらせても収率は低く、とにかく合成化学者として期待薄である。次に、肉を網のうえに置いたままおしゃべりに夢中になり、焼き過ぎ焦がすヤツ。こいつは実験をやらせても注意散漫でフラスコを割り、装置を壊し、とにかく金がかかる要注意人物である。また教授を前にしながら焼けた肉に真っ先に箸を出すヤツ。こんな空気を読めない非常識な輩は卒業して就職しても出世できないとあきらめる。また、カルビ、ロース、ミノなど順番に網の上に乗せて丁寧に焼く学生。まあ、これは一見丁寧な仕事をして期待できそうだけど、シリアル的に物事を処理するので仕事が遅い。テキパキ、ビシバシ、実験して結果を出しまくるなんて期待できないのだ。

優秀な合成系化学者の理想的な肉の焼き方とはこうである。まず、人数分の肉を網に乗せる。肉の厚み、種類で最もおいしい焼き加減をとっさに判断し取り分け、最高の状態でいただく。肉に対する尊敬の念を忘れず他人に対する配慮も怠らない。また、焼きに時間がかかるミノなどはその焼き時間を考慮して少し脇に寄せながらじっくり焼き、平行して焼きに時間のかからないロースなどをいただく。要するに肉を種類によってパラレル処理するのである。

これをビールをグビグビ飲みながら、時にバカ笑いしながら、他の教授の悪口を言いつつソツなくこなせるようにならないと大学教授としても務まらない。

しかし、そんなこと考えながら学生と焼き肉食べてるのは筆者だけだろうか。

     

   

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2021年1月20日 (水)

焼肉

  

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きっと狩猟民族系の人たちにとっては、

焼肉は最高に魂が喜ぶ料理でしょう。

    

原始の時代には、

炎を使えるようになって、

捕らえたイノシシを

塩味だけで、

炎で炙って食する。

   

こんなシンプルな料理が

人を飢えから救い、

命をつなぎ、

種が保存されてきました。

   

だから、

遺伝子に、

炎、

肉、

安堵感、

が刻み込まれているわけです。

   

ですから、

火と肉の組み合わせは、

黄金コンビネーションで、

洋の東西を問わず、誰もが喜び、満足する料理だと思います。

   

そう言う意味では、

炭火焼の焼肉なんていうのは、

シンプルながらも最高のご馳走です。

  

かつて、

米沢に炭火焼肉を看板にお店がオープンしました。

友人たちと行きました。

炭火焼カルビを注文しました。

炭火で焼かれたであろうお肉が、

皿の上に乗って目の前に出てきました。

もう二度と来まい、

と思いました。

1年後にお店は閉店しました。

    

いくらいい素材を使っても、

客の満足度を最高にするためのサービスを考えないと、

一流とは呼べません。

自分が客だったらこうして欲しい、

客目線でサービスを考えることでしょうね。

  

    

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2021年1月19日 (火)

大皿料理

  

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について持論を述べる日々ですが、

なぜ、私のようにステーキ肉を自分の手で、ナイフとフォークで切りたい人が

この文明社会でまだ存在するのか考えました。

    

一言で言うと、

本能

ですね。

       

実は、

鍋料理とか

大皿料理

食べ方にも本能によって好き嫌いが生まれます。

      

例えば、

中華料理

      

円卓で大きなお皿で配膳され、

各自が食べたいものを取りますね。

プチ狩猟本能魂が喜びます。

       

これを給仕の人に取り分けられると、

一瞬、唾液の分泌が止まります。

            

嫌なんですね。

自分で取りたいんですよ。

     

鍋料理でも同じことです。

自分の手で取りたいんです。

少し大げさですが、

これは魂の叫びです。

           

考えてみてください。

原始の時代は男は狩りに出かけ、

女は家で子供を育てる

   

だから、

男は本能的に狩りが好きでないと、

命がけで獣と戦いません。

獣を仕留めた時の達成感、満足感を、

魂レベルで喜ぶように遺伝子に書き込まれてるからです。

これは種の保存のためでもあります。

       

その遺伝子レベルでの本能が、

大皿から料理を取り分けるという行為に

反映されるのではないかということです。

     

もちろん、

この便利な世の中で、

食べるために命がけで狩りをするも必要もありません。

しかし、

遺伝子は覚えています。

      

特に狩猟民族はそうでしょうね。

日本人のような農耕民族であっても、

原始の時代には魚や動物を取ったりしていたわけで、

そういう遺伝子の断片くらいは残っているはずです。

     

ですから、

世の中には、私のように大皿から取りたい人、

めんどくさいから、逆に取り分けてもらいたい人、

大きくその二種類に分かれると思いますけど、

 

これまでの経験から、

狩猟民族系遺伝子の人は、社長やリーダー、改革派、革命家、単独行動派に多くて、大皿料理を好み、

農耕民族系遺伝子チームで仕事をしたり、コツコツ何かを成し遂げる人を助けるタイプの人が多いのではないかと思います。

     

ですから、

もし接待で中華に行く場合は、

相手が狩猟民族系の場合は、大皿で、

農耕民族系なら取り分けてもらって、

というのが基本になるでしょう。

  

和食の場合は、

刺身を各自に小皿で提供するよりも、

船盛のように見せるのが狩猟系客には満足度は高いです。

   

主婦の方で、夫に食事を提供する場合でも、

狩猟系夫の場合は、大きなお皿でテーブルの上にどんとおいてあげる方が

喜ぶでしょうね。

   

そううわけで、

一流料理人の方々にも、

客によっては大皿なのか、

取り分けるのか、

そこまで考えて料理を提供されるようになれば、

客の満足感はさらに高まり、

一流どころか、

神レベルの料理人と呼ばれるようになるでしょう。

      

     

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2021年1月18日 (月)

ステーキ

   

魂が喜ぶ食事

そういう料理を提供するのが真の料理人です。

       

私自身も、

いい年齢なんで、

単にコスパとか、

とか、

だけじゃなくて、

魂の喜びを求めて食事の場所を決めています。

     

例えば、料亭

   

門をくぐった時から、

イベントは始まっています。

テーブルに着くまでの間に見聞きするもの、

全てが五感を刺激し、

料理を期待させ、

脳内物質を分泌させ、

胃液が準備を始め、

そして食事を120%楽しむわけです。

       

それが、

魂の喜びへと繋がります。

料亭というのは、

単に豪華な部屋で食事をさせればいい

というものではありません。

             

例えば、

すき焼き

    

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私は人類滅亡の日の前夜はすき焼きと決めています。

とにかく最後の晩餐はすき焼きです。 

死ぬときはすき焼きの肉を頬張りながら、

前のめりに死にたいと思ってるくらいです。

      

そんなすき焼き好きにとっては、

すき焼きとは単なる鍋料理ではないのです。

           

まず、

中居さんのウンチクを聞き

きょうは、どこ産のお肉をいただくのか、

その地方の情景を思い浮かべ、

どんな味がするのか、

想像を巡らせ

       

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ジュウジュウと音を立て、

牛脂が焦げるのを、

網膜に焼き付けながら、

その甘ったるい匂いを嗅いで、

胃液が十分分泌されたら準備完了。

      

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赤い部分が少し残った

最適な加減で

焼き上がった

少し大きめのお肉を

      

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よだれが垂れかけた段階で、

溶き卵につけて頬張ります。

      

いやあ、

この瞬間は

いつ死んでもいいと思いますね。

           

もちろん、

野菜も口直しに適度にいただくわけですが、

京都のお店なら京野菜でしょうか。

       

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ですから、

すき焼き屋というのは、

牛肉のスライスを溶き卵で食べさせればいい、

というものではありません。

それでは、

牛丼屋のすき焼きと変わりないじゃないですか。

    

そういう意味での、魂のすき焼き屋が地元にないのが、

とても寂しいと思っています。

       

実は、

ステーキにも好きな食べ方というものがあります。

       

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ステーキというのは、

我々の祖先が、

火を使えるようになって、

初めて食べたごちそうなわけで、

本能レベルで満足します。

      

それは、

考えてみればすごく単純で、

とにかく、

大きな肉塊を、

ナイフとフォークで

自分でワシワシと切り取り

口の中に放り込み

噛みしめる

肉汁がジューっと染み出してくる。 

  

これって

人が本来持つ野生の感覚、本能が刺激されて、

原始の記憶が呼び起こされますね。

    

ですから、

高級鉄板焼きで、

目の前でシェフが手際よく焼いてくれて、

綺麗にカットしてくれて、

それをお箸でつまんで食べる、

なんてお店、

       

ダメですね、

私には合いません。

   

こぎれいにカットしてあるステーキには、

胃液が分泌しないんです。

食欲半減です。

             

ですから、

どんな料理でも、

料理人には客の魂を揺さぶるような

素材、料理、そしてその提供方法も含めて

考えて、

悩んで、

努力してほしいと思います。

    

そういうお店は

未来永劫、客が耐えないことでしょう。

      

      

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2021年1月17日 (日)

おいしくいただく

  

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この本を読んで、

超一流の料理人とはこういう人のことかと思いました。

  

日本という国には四季があり、

季節に取れるものをいただく。

しかも、

素材の味を最大限に生かす。

そこに妥協しない。

    

人は本能的に、

体が必要なものを欲します。

おいしいと思います。

    

だから、

季節のものを美味しくいただくというのが

もっとも健康的だということです。

  

最近では、

人工的な食品が非常に多いです。

人工甘味料、

色素、

香料、

その他の添加物がいっぱい。

   

こういう食品は舌で感じて、

おいしいと思うかもしれません。

やめられない、止まらない、

たくさん消費してもらえるような味付けです。

  

けど、

食べた後に罪悪感があり、

後ろめたくて、

決して魂が喜ばない食品です。

     

とにかく、

そういう人工的添加物満載食品

サプリメントの類は摂取しない。

  

それが、

日頃から私が実践してることです。

おいしいと心の底から思えるものを適量いただく。

それが人間ドック、オールA判定の秘訣です。

  

みなさんも、

ぜひ。  

     

   

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2021年1月16日 (土)

有機ELテレビ

  

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有機ELテレビが安くなりました。

しかも、

着実に大きくなってますし。

  

この30年、有機ELの研究開発を行ってきましたが、

とうとうこういう日がやってきたかという感じですね。

  

ご存知ないかもしれませんが、

実は液晶テレビ事業は、

ついこないだまで、

価格を下げすぎて、

メーカーは赤字で、

さむすんなど液晶テレビ事業から撤退を表明していました。

  

ところが、

コロナで巣ごもりが増えて、

液晶テレビが売れて、

パネルの値段も上がって、

利益が出るようになり、

今はウハウハです。

     

でもまあ、

液晶テレビバブルも今年中には弾けますから、

テレビメーカーが有機ELにこぞってシフトするのも時間の問題です。

   

ということで、

テレビの買い替えをお考えの方には、

お手頃になった有機ELテレビをお勧めしたいです。

液晶なんて、

最近では、量子ドットを使ったバックライトで売り出してますが、

あれって、単なるLEDバックライトの蛍光体を変えただけで、

所詮は液晶で、

視野角の視野角の依存性はありますし、

動作速度は遅いしで、

私はいまだに液晶テレビを買ったことはありませんが、

いくら安くなっても、

これからも買うことはないでしょう。

     

とにかく、

有機ELテレビ、

個人的には、

日本のパナソニックやソニーがお勧めです。

   

  

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2021年1月15日 (金)

初めての学会発表

  

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昨日の続きですけど、

私自身、初めての学会発表は

学部4年の卒業時に青山学院大学で3月に開催された

日本化学会の年会でした。

7分の口頭発表に3分の質疑応答。

当時はスライドプロジェクターでの発表で、

発表に先駆けて、プロジェクターの係の人に渡しておきます。

 

で、

準備万端、

前の人が緊張して発表しているのを鼻で笑い、

いざ自分の発表に。

 

で、

登壇したら、

最初の一言が、

 

最初のスライドお願いします。

 

だったのに、

最初のスライドがすでに投影されていて、

それを見た瞬間、

頭の中が真っ白になって、

5分くらい立ち尽くしました。

 

まあ、

5分に感じたんですけど、

実際には3秒くらいだと思いますけど、

やっぱり、

原稿丸暗記というのは、

想定外のことが起こると全く融通が効かないなと、

実感しました。

   

師匠の西出先生と先輩の前川さんには、

夕刻から渋谷のクジラ屋さんでお疲れ様会を開いていただき、

  

あのね、城戸さん、

魚屋さんはどこですか?

と聞かれて、お肉屋さんはあっちです。

みたいな質疑応答でしたよ。

  

と西出先生にご指摘を受け、

終わってほっとしたやら、

恥ずかしいやら、の

初めての学会発表でした。

  

真剣白刃取りどころか、

切られまくりの、

しくじり君でした。

  

まあ、

誰でも最初はこんなもんですね。

 

   

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2021年1月14日 (木)

演劇

  

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今日のお昼は健康的にお蕎麦。

いつものようにメニューにはない

卵付きをツルツルといただきました。

冬場はこのニシン蕎麦か、天そばですね。

だからメニューを見ることはありません。

   

で、

タイトルの演劇ですけど、

NHKの朝ドラの主人公が、今週はひょんなことから舞台に立って、

その面白さ、楽しさに気づきました。

   

映画俳優と演劇の違いは、

観客を前にして演じるか、

カメラを前に演じるか、

その違いです。

 

漫才でも、落語でもそうだと思いますが、

観客を前にする方が、

演じる側としては1万倍くらいやりがいがあります。

 

だから、

劇団の俳優は、

映画やテレビには、魅力を感じていませんね。

     

で、

お昼を食べて大学に直行。

実は、共通テストを控えて、

入構禁止ですけど、

特別許可を得て会議室へ。

 

何を隠そう、

国プロジェクトの報告会です。

相手は文部科学省JSTの方々。

 

で、

コロナのせいでZOOMでの会議となったわけですけど、

これが私にとっては面白くありません。

 

なぜかというと、

パソコンに向かって成果報告するだけですから、

緊張感が希薄だからです。

 

もちろん

真剣に発表しますけど、

私個人的には、

審査する人たちを前にして、

真剣白刃取りのような、

やりとりをしたいと思っています。

 

まあ、

大学教員になって30年、

それを楽しめる自分自身がとても成長したなと

実感します。

    

そんなことで、

もし私が役者になるのであれば、

映画俳優になるよりも、

劇場で演じる俳優になりたいと思った

今日の報告会でした。

 

    

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2021年1月13日 (水)

オリジナルを知ること

   


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今日は久しぶりに、お昼はラーメンです。

近所の米沢金ちゃんラーメンは、

何を隠そう、昔からの行きつけで、

オリジナルの味もあって、

特にやさしい塩とかクリーム味噌がお気に入りで、

今日はクリーム味噌でした。

    

実は

今日はイタリア人と一緒で、

ラーメンが好きだというので、

この店にお連れしました。

  

とりあえず、

醤油のチャーシュー麺をすすめると、

うまいうまいと、

完食しました。

  

改めて思いましたね、

イタリア人と日本人、

食の好みが似てる。

   

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食後にコーヒーということで、

カフェに。

 

初めての店だったんですが、

2人ともエスプレッソを注文。

  

イタリアではコーヒー イコール エスプレッソです。

日本のコーヒーは、色のついたお湯だそうです。

  

で、

この店でもそうだったんですけど、

日本人はエスプレッソの飲み方を誤解してますね。

  

イタリアでは、

エスプレッソバーで飲むエスプレッソには最初から少し砂糖が入ってます

それにさらに砂糖を加える場合もありますし、

砂糖抜きの場合は、注文の際にブラックで、とオーダーします。

 

ということで、

このお店で、彼は砂糖をくださいと言ったんですけど、

お店には砂糖は置いてないとの返事。

  

う〜ん、

なんだかなあ。

という顔で残念がってました。

 

日本人の賢いところは、

外国のものをうまくアレンジして、日本人好みにするところでしょう。

けど、

オリジナルとはどういうものかを、

プロフェッショナルとしては

知ってて欲しいと思います。

 

    

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2021年1月12日 (火)

研究者から教育者へ

   

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山形大に着任した頃は、まだ30代で、こわいもんなしの研究者でした。

学生と一緒に夜中まで実験して、喜んで、悲しんで、一緒に飲んだくれて、

楽しかったです。

     

それが、

今や60代。

研究者でありながら、

教育というものに楽しさを見出しています。

    

きっと、

学生が研究室に配属になり、

卒業して行くのを繰り返し見るうちに、

人というのは成長するものだと、

実感できたからでしょう。

   

配属になったばかりの時には、

大丈夫かなこの学生は、

と思っていても、

卒業の時には、

いっぱしの研究者になっています。

  

自分自身も、

娘を赤ちゃんから成人するまで育てていて、

その成長をつぶさに見ました。

  

それでわかったことと言えば、

子供達は、例外なく、みんな高い能力を持っていて、

それを引き出してあげるのが教育だということ。

   

公式を教えたり、

教科書の内容を教えることが教育ではありません。

       

学校の教師と塾の講師の違いはそこでしょうね。

生き方を教えられるのが教師であり、大学教授だと思います。

     

これから、

あとどれだけの若者を育てられるかはわかりませんが、

教育者としても、精一杯頑張ろうと思った渡辺雄一郎君の記事でした。

   

  

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